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業界

イオン SM-DX Lab 活動から考える 流通小売業 DX の最適解 〜カギはデジタルの民主化〜

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※本ブログは、日経ビジネス電子版 SPECIAL 2021 年 1 月 25 日に公開された「イオン SM-DX Lab 活動から考える 流通小売業 DX の最適解 〜カギはデジタルの民主化〜 」の再掲です。

EC市場が拡大を続け、店舗の多様化も進み、既存の小売店は変革を求められている。イオンの食品 SM (スーパーマーケット) 部門でも DX の取り組みが進む。いち早くその重要性に気づき、取り組みを始めたイオン株式会社 SM・商品物流担当付 北村智宏氏。スタートから 3 年が過ぎて全社に DX の必要性が理解され始め、いよいよ実装段階に入る。北村氏と伴走する日本マイクロソフト インダストリーテクノロジーストラテジスト 岡田義史氏と共に話を聞いた

本記事で述べる、”イオン SM-DX Lab” の詳しい内容は次回記事で詳しくご紹介します。
※小売業界のDX実現に向けた業界内外の連携、人材育成、組織作りについてなど

伝統的小売業の DX シナリオは「デジタル (D) で何をやるか」ではなく、「組織と文化をどう変革 (X) するか」を起点に描くべき

イオン株式会社 SM・商品物流担当付 北村 智宏 氏

イオン株式会社 SM・商品物流担当付
北村 智宏 氏

2020 年は、小売業にとって多くの課題が浮き彫りになった 1 年だったと、北村氏は次のように語る。「3 月の緊急事態宣言時にはメーカーさんに在庫があるのに店頭には商品が並びにくい状況が起きました。危機の時にはサプライチェーン上の脆弱な部分に最も負荷がかかります。小売業ではそれが配送と店頭だったことが露呈しました。現場の負担を軽減する DX の取り組みをもっと進めておけばと業界経営者の多くが感じたのではないでしょうか」

一旦混乱が収まった後、密を避けるため業界の多くの企業がチラシによる特売の集客を控えた。そこで困ったのが、多くの企業に顧客と直接コミュニケーションするツールがないという問題だ。「例えば営業時間を変えるにしても、ウェブサイトに掲載するくらいしかできませんでした。必要な情報をお客様個人に直接伝えるツールを育てておらず、デジタル化への対応の遅れを痛感しました。これも当社だけの問題ではないので、他社の友人や外部パートナーにも声をかけ、店舗の情報を自社他社問わずタイムリーに伝える情報サイトを手弁当で立ち上げてなんとか乗り切りました」(北村氏)

デジタル化の潮流に追随すべく、今業界全体で進んでいるのが「セルフレジ」の導入だ。さらにオンラインで購入して商品を店舗で受け取る「BOPIS (Buy Online Pick-up In Store)」。後者は店舗だけでなく、ロッカーやドライブスルーなど受け取り拠点の多様化が進む。しかし北村氏は、これらは店舗小売業における DX の重要な論点ではないという。

「我々のような伝統的小売業がより注力すべきは、常に進化するテクノロジーを活用して買い物体験全体を改善し続けられる組織へと自己改革することです。具体的には供給起点の業務や組織を、顧客を中心にしたものに 180 度変える。DX というとデジタルを使ったサービスや仕掛けに注目しがちですが、外身を変えても中身が伴わなければ点の取り組みで終わります。それらを線に、そして面にするには「我々は顧客の事を知らない」という前提にまず立つ必要があります。そこで初めて顧客が何に困り何を欲しているのかを知ることが命題となり、我々が日常重視している購買データ以外に、例えば手に取ったけど買わなかった行動も含めた買い物体験全般の可視化に着目し始めます。それにデジタルを活用し、そこから得られた情報をヒントにサービスや業務を見直し、結果を見てまた修正する。この一連の行動を当たり前の状態にすることが DX をし続けるための必要条件で、かつその効果を最大化するための土台にもなると考えています」と語る。

そのインフラ作りのために、現在は「サービスデザイン」「リーンマネジメント」「エコシステム」3 つの手法をビジネスに組み込む活動を行っているという。「これらはある意味スタートアップ企業のように柔軟でスピード感のある組織カルチャーへと変える取り組みです。データの活用が 3 つ全てに共通するため、今は並行して各社が自由にデータを扱える ICT・デジタル基盤の構築にも取り組んでいます」(北村氏)

強烈な危機感をバネに DX に邁進

日本マイクロソフト株式会社 インダストリーテクノロジーストラテジスト 岡田 義史 氏

日本マイクロソフト株式会社 インダストリーテクノロジーストラテジスト
岡田 義史 氏

日本では DX の必要性が叫ばれながらもなかなか進んでこなかった。SM 業界もそれは同じで、強い横並び意識と長年の慣習から抜け出せず、変革が進まない。

そこから抜け出すためには、まず危機を認識し共有する必要がある。そもそもイオングループの SM の事業企画のリーダーである北村氏が、何故 DX 推進に精力的に取り組んでいるのか。それは 3 年前の米国視察で「このままでは我々小売業はなくなると本気で思った」からだ。まさに待ったなしの危機感が原点にある。「組織やポジションに関係なく、DX を成功させないと小売には先がないと気づいた人間がまず率先して行動するべきだと思い、取り組みをスタートさせました。そもそも DX とは役割に関係なく、全員が当事者として取り組むべき問題です」(北村氏)

米国視察から帰国してすぐに取り組みを始め、勉強会や DX 先進企業の見学会などを実施した。取り組みを進めるうち、マイクロソフトと出会い、マイクロソフトのトレーニングプログラムを活用した人材育成などにも取り組んできた(前回の記事「DX による小売業の構造改革は現場から起こせ 」を参照)。

両社の関係について岡田氏は、「イオンさんとは共にチャレンジし、共創していくことができると考えています。クラウドプラットフォーマとして、お客様と肩を並べて同じ視座で業界全体を見たときに、マイクロソフトだからこそご提案できることがあると思っています」と語る。マイクロソフトとのパートナーシップにイオンが期待するのは、前述の「ICT・デジタル基盤」に加え「デジタル人材育成」と「ネットワークづくり」だ。

北村氏はイオンの DX 推進部署に属してはいないが、一方のマイクロソフトの岡田氏もインダストリー施策担当でイオンに直接関与する立場にはない。その 2 人が今、小売業の DX に挑戦し続けている。「岡田さんとは 1 年半前にシアトルで初めて会い、その場で私の考えに共鳴してくれ、それ以来ずっと一緒に伴走してくれています」(北村氏)。立場に縛られず自らが必要と考えることに邁進した結果、今 2 人はイオン SM の DX の中心にいる。

コロナ禍のリモート環境により “デジタルの民主化” の大切さに気付く

前述の ICT・デジタル基盤とデジタル人材育成については、クラウド上での分析環境の構築を皮切りに本格始動させる計画。イオンではこれまでデータをセンターで集中管理しており、多くの食品 SM 子会社にはデータを自由に扱える環境が存在しなかった。そこで、各社ごとに Azure 上にデータレイクを置いてセンターからデータを流し、最新のクラウド技術を活用し、自分たちで分析できるような環境整備を進める。そのためのトレーニングを去年から適宜検証しながら進めてきた。SM 27 社 150 名以上の社員に Microsoft Azure の資格取得や、ノンコーディングで最新の機械学習アルゴリズムなどが活用できる小売データを活用したトレーニング、店頭における実験などを行っている。目指すは DX による “現場の自己改革” だ。

またネットワークづくりについては、2020 年はコロナ禍で視察や集合研修ができず、やむなく情報発信をウェビナー “イオン SM-DX Lab” に変更した。それが非常に好評で、初回は現場の店長や DX に直接的には関係ない部署の人たち約 150 名が参加。オンラインにしたことで、地方の店長なども参加可能となった。「今までデジタル担当者を対象にリアルのセミナーを行っていましたが、実はデジタル担当者以外にも DX に興味がある人はたくさんいました。そこで初めて “デジタルの民主化” の必要性に気付き、誰もが自由に参加できるようにしました」と北村氏。

その後もイオン SM-DX Lab は盛況が続き、12 月には 600 名以上が参加する一大イベントに成長した。「多くの試行錯誤を重ねましたが、その数に比例してビジョンに賛同して協力してくれる友人が社内外に増えたことが最大の成果です。その中の最大の友人でありパートナーがマイクロソフトさんです」(北村氏)。近くで北村氏の活動を見てきた岡田氏は、「とにかく最初はリソースもなにもないところから、全て手作りで活動を始めました。ストーリーを描いて、テクノロジーに触れてもらう機会の創出、そして検証と改善を繰り返していくうちに、北村さんの周囲に段々と協力者が増えていきました。マイクロソフトからもいろいろな方をご紹介しましたが、北村さんをはじめ、イオン SM が意思を持って変革のための渦の中心となっていると感じています」と語る。

社内の DX 実装に加え、業界の変革にも取り組む

このような活動により DX 推進の機運は高まり、それを確実に実行できる状況にするため、2020 年 9 月から SM の主要企業の経営幹部を集めた DX 版中期経営計画策定トレーニングを開始した。 1 月には、試験的に食品 SM の社長向け DX ブートキャンプも開催。「経営計画でデジタル投資や人材の配置をコミットし、更に旗振り役の社長が DX の要諦を理解してくれれば確実に進みます。これまでやってきたことが、4 年目にしてようやく実装段階に入ります」(北村氏)

今後の活動について北村氏は、「業界の魅力を上げること」と次のように語る。「次の世代のために我々世代がどこまで DX を進められるか。様々なスキルを持った人や若者が進んで働きたいと思うクリエイティブで魅力的な産業にしないと、食品 SM にもはや未来はありません。それは自社のことだけ考えていたのでは絶対に実現しないので、最近は社を越えて国や業界全体の巻き込みも始めました。これからも様々な障壁が出てくると思いますが、それ以上に想いを同じくする社内外の仲間を増やして突破していきたいですね」

それに対して岡田氏は、「マイクロソフトのミッションは、“地球上のすべての個人と組織が、より多くのことを達成できるようにする” であり、そのためのサポートは惜しみません。そして流通小売業に対しては、日本だけでなくグローバルで Intelligent Retail という施策を強く推進しています。イオン SM 事業会社の中に、マイクロソフトが重視する Growth Mindset (努力すれば成長できるという考え方)” を持った方々が多数いらっしゃいます。北村さんの活動を通して Growth Mindset を持った人が増えていけば、間違いなく小売業の DX 成功率は高まります。イオン SM-DX Lab での発信や手触りのあるプロジェクトを通じて、我々マイクロソフトはお客様とともに走り続けたいです」と語った。

北村 智宏 氏と岡田 義史 氏

(制作: 日経ビジネス電子版 SPECIAL)