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業界

苦境に立つ日本の農業もデジタル技術で再建できる~有識者による誌上講義 – 第 9 回 都築 冨士男氏

第 9 回 都築 冨士男氏

経営難だったローソン・ジャパンを成長軌道に乗せた都築冨士男氏が、ローソン退社後に取り組んでいるのが、日本の農業の再建だ。全日本農商工連携推進協議会の会長も務め、「最新のデジタル技術を駆使することで、農家の生産性を飛躍的に向上させることが可能」と指摘する。
そんな同氏が、日本の農業が歩むべき道筋、さらにはデジタル トランスフォーメーションが本格化する時代に向けた経営者への提言を講義。経営の課題を明確にして、課題解決の仕組みを作ることが経営者の役割だと強調する。

都築経営研究所
代表取締役
元ローソン・ジャパン社長
都築 冨士男氏


プロフィール
大学卒業後にダイエーに入社。米国勤務を経てローソン再建のために帰国。当時 80 しかなかった店舗数を 3000 にまで拡大し、倒産寸前だったローソンを再建、全国展開の日本を代表するコンビニエンス・チェーンに急成長させる。その後上場会社の社長を経て独立。現在は、コンサルティング、企業顧問、講演活動を行っている。

また、内閣官房地域活性化伝道師、六次産業化プランナー、全日本農商工連携推進協議会の会長として、中小企業と農業、農村の活性化の支援で活躍中。

■デジタル技術が日本の農業を救う

現在、日本の農業は存続の危機に立たされています。5 年ごとに公表される農林水産省の『農林業センサス』によると、2015 年の農業従事者は 2010 年から約 50 万人減の 234 万人。このうちの 60% 超を近い将来にリタイヤされる 65 歳以上の方々が占めています。ほかの先進国に比べて、これから農業を背負っていく若年層の割合が極めて少ないのが現実です (図)。日本の農業従事者が、将来は 100 万人にまで落ち込むとの予測もあります。

図: 各国の農業従事者の年齢構成

ほかの先進国に比べて、日本の農業従事者は 65 歳以上の割合が突出して大きいことに加えて若年層の割合が極めて小さく、このままではサステナビリティ (持続可能性) の確保が困難なのが現実だ

私は、デジタルテクノロジーを駆使することによって、こうした苦境から脱せるのではないかと考えています。お手本となるのが、オランダが国を挙げて推進した「スマートアグリ」です。

スマートアグリを一言で表現すると、ビニールハウスを大規模化するとともに農作物の育成管理を人手ではなく IT に担わせる取り組みといえるでしょう。代表的なものが、センサーを使ったビニールハウスの状況の可視化です。温度や湿度、光 (LED 照明)、二酸化炭素濃度、養分の量など 500 項目にもわたる情報をリアルタイムで収集し、制御しているのです。

こうした管理方法に向いた品種に資源を集中していることも、大きな特徴です。現在オランダは、トマトやパプリカなどの輸出大国になっている一方、輸入に頼っている農作物も少なくありません。スマートアグリを推進した結果、九州とほぼ同じ面積の同国が農産物輸出額で世界トップクラスになっているのです。

日本の農業は、ほかの産業に比べて IT の活用が後れているのが現実です。裏を返せば、大きな伸びしろがあるということです。田畑のデータベース化を進めるだけでも、生産性が大きく上がるでしょう。現在は、高齢者の引退などによる放棄地が増えている一方で、やる気のある若手や農業法人は自らが手がける農地を拡大したいと考えています。データベース化が進めば、このマッチングが可能になり、農家の大規模化による生産性向上が見込めます。

農業器具メーカーでも、最新のデジタルテクノロジーを駆使した製品・サービスの研究開発や実用化を進めています。AI (人工知能) や GPS (全地球測位システム) を搭載した農機具の製品化も始まっており、自動運転で田んぼごとの収量を管理するコンバインも実用化されています。従来は農業とは縁遠いと思われていた IT ベンダーでも、クラウドを活用してスマートアグリと似たような仕組みのサービスを提供し始めています。

日本では、農業に大きな影響を与えてきた減反政策が 2018 年に終了する予定です。日本の農業は大きなターニングポイントに立っており、デジタルテクノロジーを活用する戦略が成否を分ける大きな鍵となると考えています。

■課題解決の仕組みを構築してローソンを再建

農業に限ったわけではありませんが、経営者に求められることは、経営課題を明確にして、課題解決の仕組みを作ることです。ローソンに在籍していた時代から、私はこの信念を貫いています。現在の農業ではデジタルテクノロジーを駆使することで、こうした仕組みの多くが構築できるのです。

私は 37 歳の時に、ダイエーから傘下のローソン・ジャパンに専務として出向しました。当時撤退寸前だったローソンの状況を分析すると、2 つの経営課題を見つけました。1 つは、設備投資が過剰だったこと、もう 1 つは、収益性が非常に悪かったことです。

これらの経営課題を解決するための仕組みとして、経営指導型のフランチャイズ システムを構築しました。日頃から本部で各店舗の経営実態を把握して経営指導する仕組みです。さらに、規模の大きな店舗を縮小し、その日に売れた分だけの商品を毎日配送する仕組みを作りました。これによって、無駄な在庫をなくすとともに、品ぞろえを落とさずに収益性を高くすることができました。こうした取り組みが奏効し、私が社長に在任中に、ローソンを 3000 店舗までに成長させることができたのです。

IT が急速に進化した現在は農業だけではなく、どのような産業でも課題解決の仕組みにクラウドや AI、ビッグ データをはじめとする最新のデジタルテクノロジーを活用することは必須だといっても過言ではありません。現在のデジタル トランスフォーメーションの波に乗り遅れると、企業淘汰の憂き目に遭う恐れもあります。過去にはデジタルカメラの普及を見誤った米コダックや、ネット通販の隆盛に乗り遅れた米トイザらスなどが、これに当てはまるでしょう。

■経営環境が激変する時代に求められる 3 つの機能とは?

現在のように経営環境が激変する時代には、企業経営において 3 つの機能が重要な役割を果たすと考えています。(1) マーケティング、(2) 連携・コラボレーション、(3) ベンチマーキングの 3 つです。

マーケティングというのは、顧客や世の中の変化を読み取る機能のことです。消費者の嗜好が多様化するとともに変化が速い現在は、ある時点でニーズを捉えたとしても、しばらくすると変化しているケースが多い。変化を素早く読み解けなければ、消費者のニーズから的外れの商品・サービスを提供し続けることになります。常に市場の変化を読み取るような機能を企業活動の中に埋め込むことが必要です。

連携・コラボレーションとは、自社にない機能を持った企業と協業することを指します。流行の言葉でいえば「オープン イノベーション」ということになるでしょう。マーケティングでニーズの変化を読み取ったとしても、それを自社だけで開発できない場合もあります。その際には他社が有する機能や技能、スキルを借りることが大切です。自前主義では、顧客のニーズに合った商品・サービスの開発に長い時間がかかるからです。その間に他社に出し抜かれてしまいます。

最後のベンチマーキングというのは、他社の優れた活動を学んで自社に応用する取り組みのことです。こういうと、どのような企業でも既に実践していると思われるかもしれませんが、同業他社だけでなく一見関係がないような異業種に学ぶことが重要です。

例えば、LCC (格安航空会社) の先駆けとなった米サウスウエスト航空は、自動車レースの最高峰である F1 のピットワークを学んで、飛行場に着陸してから離陸までの作業時間 (整備や給油などに関わる作業時間) を大幅に短縮しました。従来は 45 分かかっていた作業時間を 15 分に短縮することで路線数の拡大が可能になり、業績を伸ばすことに成功しました。

デジタル トランスフォーメーションの進展によって企業変革のスピードが高まるこれからは、同業とは異なる領域から突如ライバルが現れてくることもあります。こうした動きに対応するためには、どのような企業でも自社の事業の再定義が必要になるでしょう。

例えば、日本の多くの問屋というのは、メーカーから商品を仕入れて手数料を上乗せして小売に卸すという「マージンの経営」をしています。アメリカで中小を相手にする問屋はそうではなく、各小売にとって最適な売れ筋商品を探してあげたり、中には出店や研修など個別の経営課題の相談に乗ったりして、「フィーの経営」をしています。「ホールセラー」から「リテール サポート カンパニー」への転換を図っているわけです。

住宅メーカーであれば「住宅の設計・建築を担う企業」にとどまらず、「快適な住環境を提供する企業」と自社の役割を再定義すれば、フローリングの床をどうすれば効率的に掃除できるかといった視点も出てきます。この際には、既成概念にとらわれない柔軟な発想が必要です。既成概念に基づいた発想からは、決してイノベーションが生まれることはないからです。

■社会性を失った企業は淘汰される時代に

デジタル トランスフォーメーションへ向けた取り組みで事業の変革が本格化する今後、経営者には (1) 情報収集力、(2) 先見力、(3) 意思決定力・実行力、(4) リーダーシップという 4 つの資質が求められることになるでしょう。中でも重要なのが、情報収集力と先見力です。正しい情報に基づいて時代の先行きを見抜く力があれば、正しい意思決定を下せるようになり、企業経営が順調に進むようになるので、リーダーシップが高まるからです。そして、情報収集力を高めるために欠かせないのが、好奇心です。経営者が好奇心を持って動き回っていれば、ヒトやモノがつながって自然と情報が集まってくるようになります。

最後に、今後の経営者は 2 つの “敵” と対峙しなくてはいけないと私は考えています。1 つは「変化」、そしてもう 1 つが「心の中にある既成概念」です。自分が持っている古い知識や過去の成功体験を取り払って、変化に飛び込んでいくくらいの気概がなくてはいけません。「NO」と言った時点で思考は止まってしまいます。「YES」ならば成功するまで試行錯誤が続きます。そんな心構えで、変化の時代を乗り切ってほしいと願っています。

今回の講義のまとめ

  • 危機的な状況に陥っている農業もデジタル技術で再建できる
  • 既成概念にとらわれない新たな発想が生まれる仕組みを作るべし
  • 経営者は「変化」「心の中の既成概念」という 2 つの敵と対峙すべき

関連リンク

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