【インタビュー】お寺をシェアで活用! 外国人や若い世代の日本文化体験を創る(株式会社シェアウィング雲林院奈央子社長)
※ この記事は 2017年11月22日に DX LEADERS に掲載されたものです。
「民泊」の広まりにより、日本でも定着しつつあるシェアリングエコノミー。インターネットを介して場所や乗り物、人などの遊休資産を個人間で売買・貸借する新しい経済活動であり、いわば次世代型の消費スタイルだ。
シェアリングエコノミーを牽引してきたアメリカでは、UberやAirbnbなどを筆頭にグローバルな成長を遂げる企業が増加。全世界的な予想としては、2013年に約150億ドルだった市場規模が2025年には約3,350億ドル規模と、10年あまりで20倍以上の成長が見込まれている。
日本では2016年に民泊の規制緩和が施行されるなど、シェアリングエコノミーが特段珍しいものではなくなる社会の醸成に向けて動き出しているようだ。そうした中、お寺を日本文化体験の場所として捉え、宿泊や座禅、写経などのサービスを提供する「OTERA STAY(お寺ステイ)」が、外国人や若者にじわりと人気を呼んでいる。そこで、「OTERA STAY」を運営する株式会社シェアウィングの雲林院奈央子社長に、目新しいビジネスモデルの原点、今後の展望について伺った。
檀家の減少待ったなしの地方寺院を観光資源に転換
大手下着メーカーで企画・開発・新規事業を担当していた雲林院氏。出産を機に退職し、26歳で会社を立ち上げ、化粧品開発をはじめ下着の企画、PRなど多岐にわたる事業を展開してきた。「日本と諸外国の草の根外交活動がライフワーク」と語るが、自身も日本の伝統文化に造詣が深かったという。キャリアの輪郭をなす企画力を、新たな消費の可能性を生むシェアリングエコノミーと、歴史的資源としてのお寺の融合に役立てようと考えついたのも自然の流れだったようだ。
「シェアリングエコノミーの盛り上がりを感じはじめていた3年前、ちょうど子育て真っ只中だったこともあって、時間やモノなどの資源を誰かと共有する生き方って素敵だなと思うようになったんです。そこで、趣味の範疇で友人30人くらい集めて、シェアリングエコノミーの研究会を開催。皆でシェアリングエコノミーの文脈に沿ったプランを持ち寄って、意見交換を行うのですが、私はその時すでにお寺にまつわる事業を発表していました。」(雲林院氏)
昔から社寺が好きだったという雲林院氏。社会人になってから、趣味で全国を旅するようになったというが、地方で寂れたお寺の様子を目の当たりにして胸を痛めたという。
「お寺はどんな辺境の土地でも必ずあって、もちろんリフォームはされていますが、800年以上の月日を経ても変わらず存在しているんです。しかし、立派なお寺がある一方で、寂れた佇まいのお寺も少なくありません。お寺を人が集まる場所に蘇らせるためにはどうしたらいいのか、ずっと考えていました。歴史や文化を感じられる素晴らしい建造物として今にその姿を残している、この場所こそ日本文化を体験してもらうにはベストだと思っていました。」(雲林院氏)
それまで、外国大使館の職員と仕事をする中で、「日本の良さを理解できる場所に連れて行ってほしい」と頼まれ、お寺を選ぶと喜ばれることを経験から学んでいた。見学するだけではなく、お寺で何かを体験できれば訪日外国人にもきっと響くはずだと確信していたという。
社長もシェア! はじめて尽くしの会社の船出
長年温めてきたお寺復興に向けたビジョンを打ち明けたのは、18歳からの友人であり、現在ともに会社を支える佐藤真衣氏。佐藤氏のFacebookの投稿で、シェアリングエコノミーに関心が高いことを読み取った雲林院氏が、会って話したいと声をかけたところ意気投合。
さらに、佐藤氏の学生時代のインターン先であり、シェアリングエコノミーの推進に力を入れている、株式会社ガイアックスの社長ともつながり出資も獲得。2016年6月に株式会社シェアウィングを立ち上げた。
また、雲林院氏も佐藤氏も育児中であることから、社長業の負担を分担によって軽減するべく、シェア社長として同等の立場で会社を束ねている。
「シェア社長で良かったところは、子供が熱を出して仕事に支障が出そうなときに、協力し合えるところです。社長業は会食も多いので、お互いの予定を常に共有しています。ちなみに、デメリットとしては社長が二人いることで、何かの決断の時に毎回相談をする必要があり、コミュニケーションコストがかかる点くらいでしょうか。」(雲林院氏)
ユニークな役職でスタートしたと同時に立ち上げた事業「OTERA STAY」は、ロングステイの宿泊を軸に、朝の勤行、ヨガ、座禅、写経など2時間から3時間程度の体験ができるショートステイなどお寺の規模やリソースに応じた企画を提案する。
「アイデアだけではなく、お寺の使い勝手や利便性も考えます。セミナー会場としての貸し出しも提案していますが、その場合は交通の利便性は重要です。お寺は設備にも限界があるので、ユニークなことや集客ができそうだということ以上に、まずはコンテンツとの相性を見極める必要があります。」(雲林院氏)
コンテンツが完成したら、シェアウィングが運営する「OTERA STAY」の専用ホームページ、もしくは提携先のプラットフォームからユーザーが予約できるという仕組みだ。提携先となるお寺はすべていちから開拓。東京の多くのお寺には足を運んだというが、厳しさを実感したという。
「営業はすごく難しいですね。お寺の方も『アイデアはすごく面白いですね』と言ってくださるのですが、ほとんどは『うちには無理』と断られてしまいます。歴史がある分、閉鎖的ですし、都心のお寺は人を泊める機能を有していないお寺が数多く、他人を泊めることには抵抗を示される方が多いです。」(雲林院氏)
お寺に足りない設備は投資で賄うことも
お寺探しに難航しながらも、地方に足しげく通い、「OTERA STAY」が役立つと感じれば提案は諦めない。そのうちビジョンに共鳴するお寺も増えてきた。
「飛騨高山にある高山善光寺とは、ご縁があって、提案の機会を得ることができました。我々の考え方を理解してくださり、お寺を新しいスタイルで存続させたい、という意向を伺い、ベンチャー企業と宗教法人がタッグを組むという新しい形がスタート。貸し切りができるホテルライクな体験を提供するべく、プランを練りました。」(雲林院氏)
少子化と無縁とは言い切れないお寺の跡取り問題、檀家減少による収入の低下。こうした時代の流れに逆らい、お寺という日本の歴史と文化を後世に伝えるためには、変化が必要だ。
「2017年7月には、内装や設備を大幅にリニューアル。『TEMPLE HOTEL 高山善光寺』としてより過ごしやすい空間に生まれ変わりました。宿泊以外にも、着付け体験や精進料理など、日本文化を体験できるようなコンテンツを充実させています。」(雲林院氏)
「TEMPLE HOTEL 高山善光寺」の宿泊客は99%以上が外国人。ヨーロッパからの旅行客が多く、文化的なリテラシーの高い人が目立つという。反響の高さを聞きつけたお寺から問い合わせも増えている。
「最近、群馬県の高崎にあるお寺で宿坊がスタートしました。小田原や広島では、現在コンテンツを設計しています。東京をはじめ都市部のお寺は、経済的に潤っているので、やはり課題を感じていないからか、首都圏近郊よりもさらに外側の地域を開拓していきたいです。」(雲林院氏)
現在約20か所の寺と提携を結んでいる。また、お寺での宿泊や滞在にまつわる設備の整備については、シェアウィングが投資することもあるそうだ。
「もちろんお寺の方で全部用意されることがベストです。ただ、用意できないとなれば、投資によって改善をはかってもらうようにしています。」(雲林院氏)
ただし、あくまでもお寺ならではの特性を優先することが最も重要だ。
「宿坊を希望される方は、泊まる部屋の綺麗さや設備は、もともとそこまで重要視していません。それを求めているのであれば、立派なホテルに宿泊された方がいいと思います。お寺に泊まるという価値について時間をかけて知りたい、そういう人にとって有意義な時間になればそれがベスト。ただし、トイレや水回りについては最低限綺麗にしてもらっています。設備の不満といった感覚とは切り離して、お寺の良さを感じてもらいたいですね。」(雲林院氏)
自分を見つめ直し、高める「セルフクレンズ」が叶うお寺をさらに増やしていきたい
観光先としてお寺を選んだとしても、よほど大規模でもない限り、長くても滞在時間は15分ほどだろう。しかし、長時間にわたりお寺にいることでしか得られない内面への好影響もあるという。
「我々は、やはりロングステイ(宿泊を含む体験)に一番力を入れたいと思っています。2時間から3時間だけの体験も十分に意義がありますが、ロングステイによって自分を見つめ直すことができる『セルフクレンズ』を実践することができるんです。」(雲林院氏)
今後は、全国7万7,000あるお寺のうち、1,000か所のお寺を「セルフクレンズ」できる場所として、開放していきたいと語る。
「一番に、まだまだ泊まれるお寺の数を増やしていきたいです。また、付随して体験内容を充実させていく必要があります。営業のメンバーや外国人の対応ができる、英語が話せるスタッフを増やすことによって、外国人の集客につなげていきたいなと思っています。」(雲林院氏)
かつて地域コミュニティの中心だったお寺。時代の移り変わりとともに、その役割を求められなくなってきたかのように思われていた。しかし、日本の伝統文化を肌で感じることができる場所としてのお寺の価値は失われてはいないようだ。さらには、シェアリングエコノミーの盛り上がりを契機に、コミュニティの枠が地域からワールドワイドに広がっているとも考えられるだろう。日本人のアイデンティティと密接なお寺も淘汰が進む昨今。「OTERA STAY」がそれぞれの地域で寂れゆくお寺をどう生まれ変わらせていくのか、これからの展開が期待される。
取材・文:末吉 陽子