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業界

【インタビュー】教育業界にもICTの波、家庭学習の可視化や教師の働き方改革にも!?(株式会社forEst)

※ この記事は 2017年10月18日に DX LEADERS に掲載されたものです。

教育業界にもICTの波がやってきている。
例えば、タブレット端末を利用しての学習、電子黒板の採用、動画を利用しての学習などが挙げられる。
もともと、ICT活用の背景は、社会に出てICTに触れる機会が多くなる生徒たちに対して、学生のうちから情報活用の能力を向上させるといった狙いがある。

今回は、教育ICTの中でも、学校・生徒・出版社といった教育に関わるプレイヤーを巻き込みながら、ステークホルダーたちにとって「かゆい所に手が届く」サービスを提供している、株式会社forEst (フォレスト)代表取締役CEOである後藤 匠氏に話を伺った。

同社が手掛けるATLS(アトラス)は、おせっかいな問題集というコンセプトで、タブレットを活用した学習を支援しているツールである。
ATLSは、経済産業省・文部科学省・総務省などが後援する「第10回 日本e-Learning大賞」にて新しい学習の可能性・学力向上に役立つサービスであることを評価され、デジタル参考書部門賞を受賞しており、外部からも評価されている。
株式会社forEst代表取締役CEO 後藤 匠氏

「ATLSは、タブレット端末版の問題集です。出版社と提携して問題集をデジタル化し、それを生徒さんに使ってもらっています。」(後藤氏)

現在は、タブレット端末を配布している学校も増えてきている。その中で、教科書の電子化は進んでいるが、問題集や参考書は電子化が進んでいないという現実があったそうだ。
この理由は、一般的な小説・文庫本の電子書籍でのUXと問題集のUXは大きく違うからだ。
小説や文庫本は前から読む。しかし、問題集は、前から読まない。途中の章の問題から解くこともあるだろう。問題を解いたら、別冊の解説ページを見て答え合わせをして、正解/不正解のチェックを行う…などといった問題集ならではの使い方がある。
そのため、単純に電子化をしても、勉強しやすいものになるとは限らない。

同社では問題集に最適化し、学習しやすくなるようなUI/UXを持ったプラットフォームを出版社に提供。それをもとに学習をサポートしたツール『ATLS』を先生や生徒に届けている。

「なめらかに」今までの学習方法を変えない。集計や可視化はICTの力で。

使い勝手もこだわりのポイントだ。

「まず、タブレット端末に問題集をまとめることでカバンが軽くなる。それだけではなく、これまでの学習体系に対して、なめらかであること。つまり、これまでの学習方法と変わらないと生徒さんに言ってもらうことを成功としています。」(後藤氏)

ATLSでの学習の進め方はこのような形だ。

ATLSで購入した教材(問題集)を一覧で見る。この中から、これから解きたい問題集を選択し、開くページを選ぶ。この一覧ページには、正答率、達成度が数値と進捗バーで示されているため、自分がどれだけ勉強したかが一目瞭然だ。

次に、電子書籍として紙の問題集と同じレイアウトで書籍を見る。ページめくりもかなりスムーズだ。

「僕らのサービスは意地悪にページをめくっても耐えられるくらい動きます。」と後藤氏。

そして、問題を選ぶと、その問題が表示されるページに移動する。
ストップウォッチが設置されており、解答にかかった所要時間を計測することができる。
問題を解くときは、これまでの学習と同じく、紙とペンで行う。

「紙とペンで問題を解くという形で、これまでの学習方法になじむようにしています。全部を全部デジタル化すると逆に使いづらくなるので、紙とペンで解くといったアナログなところを残す。このデジタルとアナログのバランスは現場の先生方からは褒められるところです。」(後藤氏)

そして、答え合わせもスムーズだ。これまでは別冊の回答を開いて確認をしていたが、「解説タブ」をスクロールするだけで、解説ページを見ることができる。

「解説を見るために解説の●●ページを見るという時間は、結構無駄だったと思います。こういった無駄な時間は電子化することで解決されるのではないでしょうか。」(後藤氏)

答え合わせの結果も登録することができ、学習履歴にたまっていく。
さらに、問題を解いたノートを撮影してクラウド上に登録することも可能だ。こうすることで、間違えた場合はどこでつまずいたかもログとして残すことができる。

「これまでは、書籍の問題番号のところに生徒さんが〇×をつけていたと思います。ATLSでは、いつ、どのくらいの時間で解いたのか、正解・不正解のログがクラウド上にたまっていきます。それらのデータから、復習のタイミングや苦手そうな問題のレコメンドを行い、アダプティブラーニングを促します。このような形で、今まで見えていなかった家庭学習のブラックボックス化されていた履歴を可視化して、出版社、学校の先生、生徒個人に適切にフィードバックし、教育に関わるプレイヤーが自分の役割をより効果的に担えるようサポートしています。」(後藤氏)

学生にとって勉強の成果を測る指針は、テストの点数や、模試の結果といった成果と、勉強時間の記録くらいしか存在していなかっただろう。ATLSでは、勉強の中身、つまり何を解いたか、正解したか、何分で解いたかといったデータが蓄積・可視化されるため、モチベーションアップにもつながっていくそうだ。

ATLSの学習統計画面。合計学習問題数と、時間がグラフで示されている。

授業時間の効率化やアクティブラーニングの要素として活用も

もちろん、先生にとっても利点が多くある。
生徒の宿題の状況、つまり正解/不正解の可視化や、正解率の集計も可能だ。これができると、先生たちは授業前に生徒の宿題の状況を把握でき、授業を効率化できる。

「今までは先生の勘で、この問題はできていないと予測するか、授業の最初に正解の人・不正解の人を挙手させていた。その集計を事前の授業準備に活用できると、授業時間をより効果的に活用できます。また、宿題のノートを提出することもできるため、間違っていた箇所を教えることも可能です。」(後藤氏)

さらに、アクティブラーニングに活用することも可能であるという。

「正解した生徒のノートだけ集めて、面白い別解を授業の中で紹介する。こんな解き方も可能です、と教えることもできる。
また、先輩たちのデータの活用ですね。良い成績を残した人はこれくらいの時間をかけて正解した、この問題が解けた、ということをお伝えできます。」(後藤氏)

学生だった頃のことを思い出すと、自分の学年の成績が良かったかどうかは、先生たちの感覚値で「この学年は出来がいい」という話を風の便りで聞くか、高校3年生の3月に発表される大学合格実績で判断していた。生徒たちがリアルタイムで、自分たちの学年の成績は相対的に見てどうだったかを正しく知る術は今までなかったのかもしれない。

問題集の満足度やユーザーデータのフィードバックを出版社に対して展開

ATLSは出版社に対してもバリューを発揮している。
問題集の良し悪しを測る指標は売上実績くらいで、実際にどういう人が使っているのか、満足度はどうか、という細かいデータについて測る方法が今までなかった。
書店のPOSデータも「10代後半」「性別」くらいまで。高校何年生が何名、浪人生が何名といった細かいデータを見ることができなかった。

「ATLSのログを活用すれば、生徒がどのように使っているかが分かります。
属性も、男女比・理系文系・在籍校のレベル・志望校のレベルなど、どのくらいの層でどのくらいの目的意識で利用しているかのデータも取得可能です。」(後藤氏)

また、本屋の場合は手に取って買われていないのか、手にも取られていないのか、といったデータが取得できていない。
例えば、極端な話、中身を見たら100%の人が購入するが、外装がターゲットに合っていないため手に取られていない問題集があったとする。その場合は、いくら中身を改定しても意味はない。まずはターゲットに合った体裁・外装にするといった戦略を立てることができる。
ネットのストアでは試し読みなどもできるため、試し読みをして購入したか・離脱したかといった情報を取得することもでき、問題集の改定や売上の向上に一役買うこともできるわけだ。

「さらに、実際にどう使われたのか、というのも可視化しています。前から順に解かれているのか、どこかの章でドロップしているのか。など。各問題の正答率や回答時間も見える化し、正答率のばらつきなどもチェックすることができます。」

そうすると、問題集の難易度の平準化にもつながる。
さらに、満足度やフリーコメントといったユーザーレビューもATLS上で書いてもらい、定性的なデータも取得するようにしている。
こういったデータを集計したのち、出版社にもフィードバックを行っているそうだ。

ICTの力でベテラン教員のノウハウをデータ化。教育現場の底上げに。

2020年、教育改革が行われる。改革内容の一つに、センター試験に代わり教科の学力以外にも思考力・判断力・表現力などを測る「大学入学共通テスト」がある。この背景は、先の見えない状況の中で、自ら問題を発見し、他者と協力して解決していくための資質や能力をはぐくむ教育が必要であるという考えによるものだ。

教育ICTが担う役割として、どういったものが考えられるだろうか。

「今までの勉強は、授業時間の中でほぼ知識習得に時間が割かれていて、アウトプット、つまり知識活用の部分にはあまり時間が割かれていなかった。
アクティブラーニングを授業で取り入れると、授業の中で知識活用をする時間が増える。その代わり、知識習得をする時間を減らすことになる。だからといって、知識習得の量を減らしていいわけではないので、インプットの量は変えてはいけないのです。」(後藤氏)

この対策としては、反転学習という方法を取っている学校もある。
授業外の時間に動画講義を通して知識をインプットし、それを見ているという前提で授業では内容補足をし、アクティブラーニングに移るといった流れを取る。
ただし、家庭での学習時間が増えてしまう課題がある。その結果、授業外に動画を見ない生徒が出てくる可能性もある。

「限られた知識習得の時間の中で、いかに効率的に知識習得をしているかが重要になってきます。」(後藤氏)

そのために、教育ICTが担える役目は主に以下であると後藤氏は語る。

  1. 自習時の知識習得の方法を増やす(学校外でも、動画などで知識習得できる仕組みを作る。)
  2. 知識習得の効率化(アダプティブラーニング:個々の生徒にあわせて学習内容を提供すること、その仕組み)
  3. 授業内での知識活用補助(タブレットなどを使用し、先生と生徒のやり取りを活発化させるアクティブラーニング支援系ツール)
  4. それ以外の業務

さらに、これから重要になってくるのが、先生の指導力補助だそうだ。今後、団塊の世代の教員が多く退任する。そうすると教育現場に人が足りなくなるため、若い先生たちが多くなるが、ベテラン先生たちが持っていた属人的なノウハウも含めて伝承し、指導力を高めていくことが急務となる。

「先生たちが持っていた属人的なノウハウを何かしらの形でアルゴリズム化して、ベテラン先生たちのノウハウをICTがある程度サポートすることができるかもしれない。」(後藤氏)

教員の働き方改革が叫ばれている昨今、教員の仕事量が多すぎるということが課題となっている。仕事量が多い中で、本来、先生に必要な生徒指導力を担保していかないといけない。経験がものをいう世界であるかもしれないが、ベテラン先生たちが持つノウハウがデータとして蓄積されれば、若い先生の指導力補助にも活用できる可能性がある。ICTを活用することで、教育現場の生徒指導力の底上げにもつながるのではないだろうか。

ステークホルダーを俯瞰的に見て、顧客接点が高いプレイヤーと協力関係に

ATLSを学校導入する際には、様々な苦労があったという。

「最初はBtoCのモデルで考えていました。しかし、タブレット端末の普及率は決して高くはない。そこで、マス・アプローチを掛けると、顧客獲得のコストは跳ね上がる。タブレット端末を持っている子どもたちに対して効率的にアプローチできるのは誰か、というのを検討しました。」(後藤氏)

結果として、学校の先生が浮上した。しかし、全国約5000校ある高校を回るのは現実的ではない。
高校に対して、最も適切にアプローチできるのは誰か?と試行錯誤しながら考えていった結果、学校単位で契約している出版社が浮上したそうだ。
ただ、出版社と提携するときも壁があった。出版社にも信頼してもらうためにも、「日本e-Learning大賞」や「第2期ドコモイノベーションレッジ ベストストレッチ賞 / SonySelect賞(同時受賞)」を受賞し、出版社とタッグを組むことに成功した。

株式会社forEst代表取締役CEO 後藤 匠氏

「せっかく出版社と組んでいるのだから、学校採用の教材を教科書から含めてデジタル化させてもらって、学校採用という形で使ってもらうようにしました。
生徒さんは3年で退出してしまう。一方で新しい人も入ってくる。教育市場で戦うには、顧客接点がある人たちと連携することが重要だと思っています。」(後藤氏)

教育に携わるプレイヤーを、俯瞰的に見る。先生や生徒に目が行きがちであるが、先生や生徒が持っている教科書や問題集に目を向けた。さらに、先生・生徒・出版社に対して利になるようなモデルを考え、推進していった。
また、ICT化というところで、極端に変化をさせず、生徒にとってこれまでの勉強方法からできるだけ変えない、といったバランス感覚も重要であるといえよう。

今後の展望として、学習した量でコインが貯まり、たまったコインを利用して企業のCSR費の分配として利用するといったアイデアがあるそうだ。ある一定量勉強をすると、コインが貯まる。「あなたは社会に対してどのような課題を抱えていますか?」といった問いが表示され、寄付したい先が出てくる。盲導犬、あしなが基金、植林…など、生徒が関心ある社会貢献を選ぶと、同社が代わって寄付をする。勉強すれば社会貢献ができるようなシステムも検討しているそうだ。

学校教育においては様々な課題があるがゆえに、ICTが貢献できる余地が多くある。ただ、便利になるからといって、今までのやり方を大きく変えすぎると、ユーザーである先生や生徒たちに受け入れづらいものになってしまう。特に生徒が生徒である期間は3年間と短い。そして、一発勝負に近い受験に人生を賭けている。そうしたユーザーの事情を考えながら少しでも便利に、かゆい所に手が届くようなサービスが求められるのではないだろうか。

また、今回のような教育ICTは学校教育にとどまらず、大人たちの知識習得の手助けにもつながる。
少子化が進んでいく世の中ではあるが、知識習得のニーズがある限り、幅広い年代にも展開可能であるといえよう。

取材・文:池田 優里