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業界

【インタビュー】IoT時代を支える高度IT人材育成で「攻めのIT」を(高度ITアーキテクト育成協議会 関谷勇司氏)

※ この記事は 2017年10月19日に DX LEADERS に掲載されたものです。

2017年6月、幕張メッセにて第24回のInterop Tokyoが開催された。3日間の会期中143,365名が来場し、各社はネットワーク・インフラストラクチャー技術、製品、またそれらを用いたソリューションサービスなどの展示を行った。
この会場の一角に、「ShowNet」というブースがあった。多くのサーバー・ネットワーク機器が立ち並び、最新鋭の技術の結晶とも言える近未来ネットワークが構築されている。これは、会期中、会場内のインフラを支える重要な役目を担っていた。この「ShowNet」は、一般公募でボランティアとして集まった約30名のSTM(ShowNet Team Member)と、NOC メンバーと呼ばれる30名のプロフェッショナルエンジニア、ならびにShowNet参加企業から集まったスペシャリストと呼ばれるエンジニア100名以上の、総勢200名によってInterop Tokyoのネットワーク構築と運用が行われていた。

こうした取り組みを経て、2017年8月、IoT時代を支える高度技術者の育成を目指し、一般社団法人高度ITアーキテクト育成協議会(以下、AITAC)が設立された。

AITAC は、国内外の社会人・学生を対象に、SDNやNFV等の技術・スキル習得のための育成カリキュラムの策定・提供、産学と連携した教育訓練の場の整備ならびに SDN/NFV 等の情報通信技術を利用した、次世代のインフラエンジニアリング技術に関する資格認定制度の整備を行う。

これらを通して、ネットワークとコンピューティング両方のスキル、仮想化や外部クラウドなどのソフトウェア資源を利活用できるスキルを所有し、IT インフラを運用・管理ができる人材を育成することを目的としている。

今回は、同協議会のカリキュラム委員会・委員長を務める関谷勇司氏(東京大学 情報基盤センター 准教授)に話を伺った。
AITACの中で、育成部門のカギとなる部門を担当されている。

守りのITではなく、攻めのITを

「日本のIT企業におけるITの課題は、ITを武器として使うことが上手でないということ。社内システムでデータを保持する、会計システムを使うなど、守りのIT投資はするのですが、ITを通じた新しいサービスを生み出すのは上手でないのだろうなと感じています。」(関谷氏)

一般社団法人高度ITアーキテクト育成協議会 カリキュラム委員会・委員長を務める関谷勇司氏(東京大学 情報基盤センター 准教授)

この理由としては、ITの仕組みや技術が分かり、かつ、企業の事業内容やサービスを理解したうえで、ITを有効活用して、サービスを発展していくべき。と上層部に進言できるレベルの人材が不足していることが挙げられるそうだ。

一方で、アメリカの企業は、思いついたアイデアをすぐに具現化し、サービスに結び付けることができている。これは、IT技術者を自社で抱えているから、といえよう。
金融業を例にして数字を出すと、IT技術者の割合はアメリカと日本でかなりの差があると言われている。アメリカの銀行は全体の3割がエンジニアであるのに対し、日本の銀行では3.7%ほど、というデータがある。

日本で、ITを活用して何かをしよう、といった場合、外部のSIerなどに相談することが多い。相談すること自体は問題ないが、発注者と受注者の間に知識の差があり、対等に話せていないことが多いのではないか、と関谷氏は語る。
しかし、発注者がITのアーキテクトを理解した上で、専門の方にインプットができれば、さらに高レベルの話ができ、イノベーションが生み出せるのではないか、ということだ。

若い人材が実践的にインフラに触れる機会を

こうした課題を受け、幅広くITのアーキテクトを理解し、ITを活用できる人材を増やしていくことが必要だ。
AITACでは、日本のITの発展・底上げのため、冒頭で述べたInterop TokyoのShowNetの構築といった実践的な場づくりを行っている。
Interop Tokyoのボランティアメンバーの応募数は倍率にすると5倍。それも年々増えているそうだ。

最近はビッグデータやセキュリティなどがトレンドになっており、インフラへの興味が減っているという感覚は関谷氏自身も感じていたそうだが、Interopのボランティアへの応募倍率をみると、インフラに興味ある学生や若い人は少なくはなさそうという実感があるそうだ。

引用元:Interop Tokyo 2017レポート

「実はインフラに興味がないのではなく、インフラに触れる機会が少ない。機会が少なければ、インフラをうまく扱い、それを攻めの戦略に結び付ける人物も生まれるわけはない。
それを考えると、もっとインフラエンジニアを育成する場を用意すれば、より多くの若い人や学生がインフラ構築に対して興味をもち、エンジニアとして育っていくと思う。
そこで、Interopに出展している企業にも賛同を得られまして、実際に社団法人として教育プログラムを作ってみてはということで、このAITACの設立に至りました。」(関谷氏)

Interopの場で、実践的にインフラ構築に関わったメンバーは、今やどこに出しても恥ずかしくないようなITエンジニアに育っているそうだ。

インフラは表舞台に立つことはないが、データ解析やIoTを実現するうえで必要である。アーキテクトを理解し、ネットワーク・サーバの垣根なく精通し、その上に乗るソフトウェアや外部クラウドを部品として使えるセンスを持っているエンジニアが今後必要になる。

ITアーキテクトを理解する人材を育成するために、AITACではどのようなカリキュラムを行うのか。

「教育においては3段階を定義しています。1段階目は座学、2段階目はグループワークを中心とした実習。3段階目はインターンシップも含めた実践での研修を考えています。」(関谷氏)

目指す人材像は2つのポイントがある。

  1. アーキテクトとして、全体を見据えて、システムをどうしていけばいいかをきちんと判断できる人材を育成すること
  2. インフラを様々なソフトウェアやクラウドの技術・部品と組み合わせてシステムを構築できる人材を育成すること

主に学生や社会人1年目の若手を対象に、この教育プランを3年間かけて行うことを想定しており、今年度はステップ1までで100~150名までの受講者を目指すという。
また、社会人向けの有料講座も年末に予定しているとのことだ。社会人向け講座では、データベース構築、要求仕様に応じたシステムの作り方、大規模システムの作り方、プログラミング、自動化、運用などの座学と実習がメインとなるそうだ。

卒業後の進路は、同協議会の協賛企業からのインターンシップの受け入れを募集し、インターンシップ先でマッチングができれば就職に繋がる可能性もある。
また、IT系以外の企業に対して、IT人材を送りたいという意図もあるため、非ITの企業からの協力が増えてくれば、さらに同協会が行っている人材育成の意味がより深まると関谷氏は語っている。

非IT企業も、ITを理解している人材を配置する必要がある

今後は非IT企業における攻めのIT活用がポイントとなりそうだ。
例えば、最近日本でもタクシー業界でアプリを使っての配車ができるようになっている。ITを積極的に取り入れることで、より便利になり、顧客満足にもつながる事例が出てきている。
そのためには、どういう役割の人を企業に配置すればよいのか。

「コンサルタントを雇う方法もあると思いますし、IT技術者をそれぞれの会社が少人数ながらも抱え、内製する方法もあります。
自社内にIT技術者を抱えれば、自社の業務を理解したのちに、設計ができます。しかし、ITを知らずにSIerと対等に話せなければ単なる外注になり、彼らが作ってきたものをまるまる飲み込むことになる。自社に本当にマッチしたシステムが出来るかというと、過去の日本の例を見ていると難しいと言わざるを得ません。」(関谷氏)

極端な話、ITアーキテクトを理解せず、費用感の相場を知らずに「とにかく安く」というオーダーでSIerなどにお願いした場合、最安値のパッケージだけを導入し、中身について理解が十分でないまま、「新しいシステムを導入したから使ってください」ということにもなりかねない。
便利かどうか、使ってもらえるかどうかもわからないシステムをただ導入するだけ。導入することが目的になってしまったら本末転倒だ。
そういったものを防ぐためにも、非IT企業においてもITを理解している人材を配置する必要性を関谷氏は説いているのだ。

日本の得意産業がITを通じてさらに強いものに

「高度IT人材とは、ITを成長戦略に使える人材、迅速にアイデアを具現化できる人材。
そのためには、アイデアを他に取られないうちに早く実行する必要がある。」(関谷氏)

実行するためには、技術があり、スモールスタートで進めることができ、スケールアウトで規模を拡張していく事ができるエンジニアが必要だ。
日本の場合は、設計書に落とし込み、SEに発注をし、機材を組み立て、試験を経て…1年以上かけてサービスインという仕組みがいまだに多い。1年掛かってしまったら、時代のスピード感に追いついていくことはできないだろう。
日本でもIT系のWebやスマートフォンアプリを開発している企業においてはアジャイルやDevOpsでスモールステップを踏みながら開発している企業は多い。

「しかし、スモールステップを踏みながら開発するマインドが他の業界でもあるか、というとなかなかそうでもない。
業種によっては重要な社会インフラや人命に関わるものもあるので、簡単にいかない部分があるのはわかります。しかし、旧態依然としたやり方でよいかというとそうでもないのです。」(関谷氏)

例えば、エネルギー配信ならエネルギー配信の新しい技術の効率化が必要だろう。
医療においても、電子カルテのデータを共有する必要があるのかといった議論が出てきているが、大手の大学病院ではなく、中小規模の病院であったら症例データを見たいというニーズもある。医療データを共有するとしたら、安全かつ、安価なシステムを作るためにどうすればよいか、といった部分まで提言することが必要とされる。
業務をしっかりと理解し、効率化ができ、アーキテクトができる。そういった人材が高度IT人材なのではないかと関谷氏は語っている。

一般社団法人高度ITアーキテクト育成協議会 カリキュラム委員会・委員長を務める関谷勇司氏(東京大学 情報基盤センター 准教授)

さて、今後、高度IT技術者が増えることによって、日本のITはどうなっていくのだろうか。

「従来のIT分野で新しいサービスやアプリケーションを生み出すことに対して、まだまだ日本は弱いという印象がある。その点、変わってくると嬉しいと思います。
さらに、日本企業の得意なところでITを使うことで、輸出できるようなビジネスのモデルになったり、より世界のニーズに応えられるようなことができたりという企業ができてくればいいですね。」

日本は建設業やヘルスケアといった業種が強い。そこにITの要素を組み合わせて、世界中の人が日本のノウハウにアクセスでき、輸出ができるようにすれば世界の舞台で戦っていくことが可能になるだろう。

ITの分野において日本は海外に後れを取ってしまっている、という見方がある。業務の効率化でITを有効活用していくことは大事であるが、今後はさらに攻めていくことが重要といえる。
効率化によって生まれたデータなどの資源を活かして、新しいビジネスを生み出すことや、日本が得意としている産業にITの要素をアドオンしてより海外に輸出しやすくなるシステムを作るなど、できることはまだまだたくさんある。世界で戦える可能性は大きいといえる。

AITACのカリキュラムを卒業した高度IT人材が、数年後企業に入社してくるだろう。
そのとき、卒業生たちのスキルや知識を最大限活かすためにも、今からITを戦略的に用いる施策を各企業で考えていく必要があるのではないだろうか。

取材・文:池田 優里