【インタビュー】ヤフーがメタ認知トレーニングでマインドフルネスを実践している理由(ヤフー株式会社 中村悟氏)
※ この記事は 2017年10月06日に DX LEADERS に掲載されたものです。
2016年、『Search Inside Yourself サーチ・インサイド・ユアセルフ 仕事と人生を飛躍させる グーグルのマインドフルネス実践法』(チャディー・メン・タン著)が出版された。
Googleのマインドフルネス実践法に迫った書籍だ。
著者であるチャディー・メン・タン氏は、「叡智と思いやりに満ちたリーダーを世界中に増やすことで、世界に平和をもたらす」と想いを語っている。
リーダーは日々課題に追われることが多い。
こんな経験はないだろうか。切迫した状況でパニックに陥ってしまう。仕事で失敗したことが心から離れず、パフォーマンスが出ない。ついカッとなって部下を責めてしまう。
そんな時に、自分の意のままに心を鎮められたら、気持ちを切り替えられたら、もっと相手に共感し、話を聴くことができたら―。常に安定したパフォーマンスで仕事に取り掛かることができるのではないだろうか。
ヤフー株式会社 コーポレートPD本部 Yahoo!アカデミア中村 悟氏は国内で提供されているSearch Inside Yourself (以下、SIY)のプログラムに参加した一人だ。
同社では『Yahoo!アカデミア』という企業内大学を有しており、「次世代リーダーの創出・育成」を目的として2014年に設立された。中村氏は、このYahoo!アカデミアで人材開発プログラム担当している。
自分の状態を客観的に知る『メタ認知』のトレーニングを実践
「本人のリーダーシップを発揮するために、その人自身がビジネスパーソンとして身に着けるスキルだけではなく、自分自身の人生の価値観やその人自身の喜びを知るなど、マインドを鍛えるための様々なプログラムを定期的に行っています。」(中村氏)
その中の一つとして、自分のことをより客観的に知ることが、リーダーシップ発揮には必要だという文脈で、『メタ認知』(自分自身の思考や行動を客観的に把握し認識する)トレーニングを打ち出し、2016年の6月からプログラムをスタートさせている。
中村氏はSIYのプログラムを受講したのち、SIYのトレーニングを国内で実施しているマインドフルリーダーシップインスティテュートの協力を得て、7週間の社内向けメタ認知トレーニングを開発した。
現在は、7週間/1クールの5クールを終え、体験プログラムなどを含めると約300名がこのプログラムを受講している。
習慣づけを行うと、自分自身に対する感覚が少しずつ変化してくる
同社では、どのように研修を進めているのだろうか。
「まず、プログラムに入る前に、メタ認知トレーニングの目的や意義を説明し、マインドフルネスを実感するための体験説明会を行います。それが自分の期待値にあっていれば、週1回ずつ(朝or昼いずれか)の7回のプログラムに参加できます。」(中村氏)
最初の説明会では、マインドフルネスを全く知らない状態の中で、3分間ぼーっとする。ということを実践してみる。
当たり前のことだが、初めて行うと色々な雑念などが沸いてくる。
その後、マインドフルネスを理解した後に再度静かな時間を持つと、自分が意図しないまま思考が散らかっていることを客観的に見る力がついてくるそうだ。
例えば、今こんなことを考えてしまっているな、雑念がある。外の音が気になっているな…ということが、客観的にわかるようになる。
同社では、こういった形で客観的に自分の状態を知ることに重きを置いて提供している。
「一回につき、2つくらいのワークを行います。ただただ座って瞑想しましょうというのではなく、今、ここに注意を向ける、集中するという時間を体感しています。」(中村氏)
座って瞑想する以外のワークもある。歩くことにひたすら集中するマインドフル・ウォーキング、聴くことにひたすら集中するマインドフル・リスニングという方法もある。また、のちほど紹介するが、食べることに集中するというプログラムも行っている。
例えば、歩くワークでは、床や地面に立っている身体を体感し、一歩を歩く際にも一つ一つの所作(足を上げる、足を前に進める、下す、体重をその足に移す)といったことに注意を向ける。
色々なワークを試してみると、自分に合うもの・合わないもの、やりやすいものなどが出てくるという。
「自分の相性のいいものを持って帰ってもらい、日々実践してもらうよう促しています。」(中村氏)
また、1日のワーク前とワーク後に記名式で点数をつけ、集計を行っている。
「手元にある紙のシートに、点数をつける。あくまで自分が今どういう状態かというのを、10段階で書いてもらって集計しています。ワーク後は、すっきりした、リセットできてよかった、今日は調子よさそうなどという声が出ています。
自分の集中力やストレスというものに対しての感覚や感度は4回目~5回目で変わってくるようです。
1回、2回目だと、『今どんな感じですか』と問いかけをすると、『眠いです』とか『おなかすいた』という声が多い。3~4週間くらい経ってくると『昨日こんな出来事があって…今までの自分だったらカッとなっちゃうけれども、一呼吸おけた』といった感想が出て、参加者の実感として変わってきていることを感じます。」(中村氏)
SIYにも、瞑想は筋肉トレーニングのようなものだと書いてあった。
瞑想を突然1時間やったからといってすぐにマインドフルな考えになるかというとそうではなく、日常のちょっとした行動に目を向ける。その機会を少しずつ増やしたり、意識を自分に向ける回数が増えてきたりすると、少しずつ何かが変わる実感が生まれてくるのかもしれない。実際に、受講者も自主的にプログラムを実践しているようだ。
「今この瞬間」を大切にする1時間
同社では、水曜日の昼、木曜日の朝の1時間、「メタ認知トレーニング」を行っている。受講者は業務の都合に合わせてそのどちらかに参加する。
7週間で1クールのスケジュールとなっており、1時間の間で2つのワークを行う。
ちょうど1クールが終わる7週目のワークに筆者も参加させていただいた。
同社の芝生スペースに15名程度の参加者の方が集まって、円座で座る。この人数の規模感も中村氏がこだわっているポイントだ。
「10人、15人の人数に対してしっかり届けるということを意識しています。やろうと思えば100人くらいに対して講義形式でお届けできると思いますが、体感することや、他の人との対話で気づきというものを深めないと、トレーニングに結び付きません。ただの知識や、時には間違った知識になりがちになることは避けたいと思います。細かくじっくり、コツコツ地道にやっています。」(中村氏)
まずは、参加者からのチェックイン(今の状態を語る)から始まる。このチェックインでは今の状態や先週の会から今週の1週間を振り返り、自身をゆっくりと観察する時間となる。
7回目ともなると、自分の内面の状態(ざわつき、体調の変化、入眠までの時間)について客観的に見つめ、言語化できるようになってくる。自分自身を観察することが習慣化されてきていることを感じた。
今回のプログラムは、「食べることに集中する」ワークだ。
参加者にレーズンが1粒ずつ配られる。
ファシリテーターの中村氏がこう語る。
「このレーズンを、生まれて初めて見て、初めて食べるつもりでよく観察して食べてください。」
まず、最初の1分はレーズンを眺める。手で触って感触を確かめたり、においをかいでみたりする。
次の1分で口の中に入れる。噛まずに、口の中で転がしながら感覚を味わう。
最後の1分で1噛み、2噛み。口の中で噛みしめる。という流れだ。
レーズンは、表面に砂糖などのコーティングがされていないレーズンを意図して選んでいるそうだ。舌で転がしたときに味がしない。レーズンの味を想像して持って口にレーズンを運んでもレーズンの味がしないことに驚く。新鮮な気持ちだ。
普段私たちは食べるときに「ながら」で食べることが多いのではないだろうか。昼休みも仕事をしながら、パンを食べている、スマホを見ながら、テレビを見ながら、食事をすることが増えてしまっている。
さすがに毎食じっくり眺めて噛まずに口の中で味わい、噛みしめるということを丁寧に行うのは難しいかもしれないが、せめて最初の3口くらいはゆっくり味わって食べるという時間を持ってみては、と中村氏は伝えていた。
次に、胡坐で座り、姿勢を整え、目を閉じて、10分間自身の呼吸に注意を向けるワークが行われた。
「呼吸から注意が逸れるのは当たり前のことで、注意が逸れたと気付いたときは、やさしく呼吸に戻してあげるようにしてください」とアドバイスがあった。
筆者も一緒に呼吸の体験をした。このワークは、同社の執務スペースの一角で行っており、少し離れた場所には仕事の会話をされている方もいる。しかし、不思議なことにこのワークを行っている間は、リラックスし、静寂した空気に包まれていた。
まるでこの空間だけ、時間が止まったかのような空気感だ。
10分間の呼吸ワークの後、参加者の皆さんの顔つきはどこか穏やかで、リラックスされたように見えた。
私たちの生活は、頭も体も常に動かしていることが多い。そして、どこか急いでいることが多いのではないだろうか。
落ち着こう、と思っても、なかなか落ち着けないことも多いだろう。
しかし、ほんの10分間、呼吸に集中したり、食事するときにほんの数口、味わって食べてみたりするだけで心がニュートラルに保たれることがあるのかもしれない。
メタ認知に慣れてくると、自分の感情・思考を観察することができるようになる。例えば、仕事の中で自分にとって不都合なフィードバックがされたときに、「そんなことはない」と脊椎反射的な対応をするのではなく、一呼吸おいて、「それもあるかも」と考えることができる。
もっと洗練されると、フィードバックを受ける以前に自分自身で気付けることもあるだろう。
特に、今回取り上げられている呼吸のワークは、人間のごく当たり前の行動の一つであるため、メタ認知のトレーニングとして、すぐに実践することが可能である。
今回の体験を通じて、筆者がマインドフルネスを実践する際に重要だと思うものの一つに、執着や期待をいったん脇に置くということがある。
しかし、人間は特に、ビジネスの現場で早く結果を出したい場面においては、明確な成果が欲しくなる。だから、瞑想中に「これができたら●●ができる」「集中力が上がる」といった考えや逆に、「集中できていないから、だめだ」といったことに注目してしまうこともあるかもしれない。
そうなってしまうときに、瞑想時に念じておくとよい言葉がSIYにも書かれてあった。実際にマインドフルネスの瞑想法を試してみたい方は、参考にするとよいだろう。
“瞑想は眠ろうとするのと滑稽な共通点がある。リラックスして、目標にこだわっていないほど楽で、良い結果が得られる。
引用元:『Search Inside Yourself サーチ・インサイド・ユアセルフ仕事と人生を飛躍させる グーグルのマインドフルネス実践法』チャディー・メン・タン(英治出版株式会社 2016年)117p“
日々、目標や成果を大切にしているビジネスパーソンたちも、一日ほんの少しの時間だけ、期待や目標にこだわらずに呼吸や一つ一つの所作に集中してみてはいかがだろうか。
取材・文:池田 優里