リクルートグループのリボンモデルを支えるデータ分析とは? カスタマーデータ活用の肝は「データの民主化」
※ この記事は 2017年09月25日に DX LEADERS に掲載されたものです。
2010年代に入ってから、ビッグデータのビジネス活用が提唱され、今日では多くの企業でデータを活用した分析に本腰を入れているのではないだろうか。
特に、ECや予約サイトなど、インターネット上で完結するようなサービスが増えた昨今、データを利用して顧客の行動分析を行い、最適な施策を講じることが、売上や会員数などのKGI、KPIを達成するうえで非常に重要となっている。
ただ、数テラ~数ペタ単位のデータを分析することは容易ではない。
そこで、現場の情報を意思決定に活用できるように分析・可視化するツール―ビジネスインテリジェンスツール(以下:BIツール)が多くリリースされている。
リクナビ、SUUMO、じゃらん、ゼクシィなどのサービスを持つリクルートグループは、年間にして数百億レコードのデータを扱う。
同社のビジネスモデルは、カスタマーと呼ばれる一般ユーザーと、クライアントと呼ばれる店舗や企業などをマッチングさせるリボンモデルでおなじみだ。
同社が持つデータはカスタマーの会員情報、購買・予約情報や店舗のマスター情報に至るまで様々なものを扱っている。
これらのデータを日々分析し、次の施策(キャンペーンなど)を決めている。データの利活用は、生命線ともいえる重要なポイントだ。
同社では、データの利活用のため、2012年からセルフBIツールであるTableauを用いて分析を行っている。
今回は、リクルートグループ横断でのTableauユーザー会の会長であり、セルフBI推進を行っているリクルートテクノロジーズ ITソリューション統括部 ビッグデータ部 清水 隆介氏(所属は取材時のものです)に話を伺った。
セルフBIツールを積極活用するために全社を通じた啓発の取り組みを実施
「もともとリクルートグループでは、色々なセルフサービスBIツールを使っている方がいました。ボトムアップの社風で、みんなが使いたいツールを使う文化がある。その中でBIツールは自然と広まっていたのです。」(清水氏)
BIツールの中でも、セルフサービスBIツールは、ユーザー自身の手で直感的にグラフに軸を加えたり、入れ替えたりすることができる。データ分析における試行錯誤を、ビジネスの現場にいる人自身が簡単に行うことができる利点がある。
2012年当時はセルフサービスBIツールであるTableauが同内で最も使われていた。事業会社ごとに知見がたまっていたこともあり、リクルートグループとしてもTableauの利用を推進していった。
しかし、ツールを導入した後は、いいことばかりではない。使い方が分からない、うまく使えないなど、負の要素も出てくるだろう。そうなった場合、各事業会社内の知見でしか解決ができない。
「一つ一つのライセンス料は安いかもしれないですが、グループ全体でみると、セルフBIツールに対する投資はかなり大きい。使いこなせないとただの負債になってしまうので、うまく活用されるということをしたかった。」(清水氏)
現在同社のTableauのユーザー数は、使い始めの当初から年々倍々で増えている。初めて利用する方も多い中、どのように利用促進を行っているのだろうか。
BIツール初心者がやってしまいがちなミスは、分析軸と呼ばれるディメンション(データ分析の切り口:性別や都道府県など)とメジャー(指標:売上や購買点数など)の概念に対する理解不足、ちょっとした操作の手順の踏み間違えてしまうこと。それにより、予想外のグラフが出てくることがある。
思ったようなグラフが出てこない…となると、やっぱり使えないとあきらめてしまうこともあるのではないだろうか。
そういった負を解決するために、リクルートグループ横断のTableauユーザー会を発足させた。
「ユーザー会の目的は、使えている人たちのユースケースを発表してもらうことによって、活用方法の幅を広げていくためです。」(清水氏)
開催頻度は半年に1度程度。使い込んでいるユーザーの方に講演してもらうこともあるそうだ。
さらに、上述したような基本的なところで躓かないためにも、同社ではTableauの基本的な使い方を教育する、初心者向けの勉強会も定期的に行っている。
また、Tableauのパートナー企業による1日かけての有償のリクルートオリジナルメニューの勉強会も実施しているそうだ。
利用者の啓発に対して余念がないといえよう。
データが意味するものは何か?探し物をする時間を最小限に抑えるメタデータ管理Webを活用
BIツールを導入したものの、データの整備ができていないために失敗したり、うまく活用できないケースがあったりするということも聞く。
その中でよくある問題点の一つが、分析するためのデータの意味定義が分からず、分析に時間が掛かってしまうということだ。
「分析者たちは、データがどこにあるかをすべてわかっているわけではない。そのため、データの場所を探すのに時間が掛かります。特にリクルートグループは、たくさんのサービスを提供しているので、多くのデータベースと、テーブルがある。その中で、いかに素早く目的のデータを見つけ出すかというのが課題となっています。その探す時間を短縮するためにメタデータ管理Webを作っています。」(清水氏)
メタデータとは、データ意味定義情報のことだ。
たとえば、こんなことがある。
顧客行動ログのデータをBIツールで可視化した。性別でフィルタを掛けたが、フィルタリング項目は性別のコード値である「01」と「02」のみが記されており、どちらが男性か、女性かが分からない。
そこで分析者は、テーブル定義書を確認するが、データベース・テーブルの数も多いため、どのデータ定義書を参照すればよいかが分からない。また、自分が持っているテーブル定義書が最新のものかも不明確だ。
自分で探すのも手間がかかるため、開発者の方に問い合わせをする。
しかし、開発者の方も自身の業務があるため、なかなか手を付けられない。さらに、日々データの量が増えていることにより、いつの間にか定義情報が変更されている、ということもあるだろう。
分析者はその間、待ち続けることになり、分析が止まってしまう―。
メタデータ管理Webは、リクルートグループ各事業のデータベース・テーブルの定義情報をWebで横断的に検索できるシステムだ。これを閲覧することで、先ほどの例の性別のコード値の「01」や「02」が何の意味を持つのかがわかるようになる。
また、データの最新性も同ツールは担保している。
「事業にデータを提供してもらう際に、事業側の工数をかけるのではなく、メタデータ管理Web側からデータを取りに行く仕組みにしています。」(清水氏)
できる限り、事業側の手間を取らせない仕組みにした。メタデータ管理Webと事業のデータ接続をさせてもらい、テーブル定義書の情報を吸い上げ、Web上で情報を展開する。
さらにデイリーで接続を行うため、事業側でデータ定義が変更・追加・削除になった際も最新状態を反映することができる。
最近ではメタデータ管理Webのようなツールを導入したい企業様からも相談があるそうだ。
「メタデータ管理Webのようなデータを探索するシステムはまだ世の中に知られていない分野です。
こういったシステムに対して、経営者の方々が投資するという判断をなかなかされないのかもしれません。」(清水氏)
メタデータの管理については、ここ1、2年で世の中にも認知されるようになったものの、直接お金を生み出すような分野でもない。
ただ、現場は、データの意味定義の探索に多くの時間をかけていることは事実だ。メタデータ管理システムがあることによって、意思決定に至るまでのプロセスに無駄がなくなる。こういったシステムがあることで現場が非常に助かることは事実である。
必要な人が、適切なデータを、適切なタイミングで、どこでも得られることがデータの民主化
これからの時代、ビジネスの中で新しいことに取り組む、挑戦することが重要なポイントになるが、どのように推進していけばよいのだろうか。
清水氏のBI推進の取り組みについては、はじめから予算やミッションがついているわけではなく、1年ほどは一人で取り組んでいたそうだ。
「BIの取り組みをやる、と決めてから2週間後に第一回のユーザー会を開催し、告知をしました。自分でいろいろ調整して、2週間で120人くらい集まりました。やはり、みんな興味があるんだ、と思って、その後、月一回勉強会も開催するようにしました。勉強会を開催すれば、みんなが喜んでくれる。
そして、ニーズもありました。」(清水氏)
すぐには結果が出るものではないが、事業の枠を超えてBIの取り組みを1年ほどのスパンをかけてじっくりと行っていった。そうすると清水氏だけではなく、他の事業で使っていた有識者メンバーからの支援も増えてきた。
こういった取り組みが認められ、今となってはTableauユーザー会という形でリクルートグループ全体に広がる取り組みとなっている。
最初の一年はかなりパワーが掛かる取り組みであったと感じるが、同社の成長において、データの活用は大きな鍵となっている。データを活用しての意思決定スピードを早くするため、誰もがすぐにデータを活用できる状態にする必要がある。
そこで「ツールが使いこなせない」や「データを探すのが大変」というボトルネックにとらわれている時間がもったいない。
そういった負を取り除くために、清水氏がグループ各社を巻き込んで働きかけを行った。
最後に清水氏はこう語った。
「私自身、色々なBIツールを使ってきましたが、一番重要なことは、製品自体ではなく、データを整備することです。正しいデータを、誰でも使える状況に整えておくのが重要だと思います。
リクルートグループ内でも『データの民主化』という言葉が出てくるんですけど、私個人が考える『データの民主化』というのは、必要な人が、適切なデータを、適切なタイミングで、どこでも得られる状態にあることだと思っています。誰もが必要な時にデータを見て判断できる状態になる。正しいデータを作る。全部解決するのは難しいですけれども、ここを目指していきたい。」
リアル店舗の場合、店員の目で顧客の動きや行動を見ることができる。
一方で、オンラインにおいては顧客の行動を追う唯一の手段は、正しくデータを捉えることだ。
事業推進に関わる人たちが、正しいデータを必要な時に見ることができ、様々な分析軸で、担当者の視点でデータを分析できるようになると分析の幅も広がっていくのではないだろうか。
そのためには、データの状態を正しくするデータの前準備や、製品を使いこなすための知見をためて勉強会などで共有するといった、地に足がついた取り組みを継続的に行うことが重要であるといえよう。
取材・文:池田 優里