【インタビュー】味覚を見える化し「おいしさ」をAIで予測する~味博士に聞く、次なる「味」開発のトレンド
※ この記事は 2017年08月22日に DX LEADERS に掲載されたものです。
センサーやAIを利用することによって、人間の感覚までを可視化することはできるのだろうか。
人間の五感といわれる、視覚・聴覚・触覚・嗅覚・味覚は、人によって感じ方が異なるものだ。特に、味覚に関しては、人・年代・人種によって好みが分かれる。食品や飲料などの商品開発を行っている企業などは、商品のターゲットを決め、そのターゲットから好まれるだろう味を想像・予測しながら感覚的に開発を行うことが多いのではないだろうか。
今回は、まさにセンサーやAIを用いて、「食の未来を見える化する」をミッションに掲げ、商品開発に活用している、通称“味博士”こと、AISSY株式会社 代表取締役社長 鈴木 隆一氏に話を伺った。
シンプルなハードウェア+AI(ニューラルネットワーク)で汎用性の高いセンサーを開発
「長さや重さのように定量化されやすいものと違って、味覚・嗅覚などの五感は非常に身近でありながら数値化されていないものです。これからはそういう数値化されづらいものが、数値化されるのではないかと思っています。」(鈴木氏)
鈴木氏は、慶應義塾大学でセンサーの研究を行っていたが、センサーに通す物質の性質が似ている場合、お互いの物質が干渉しあうためにうまく計測できないという事例があったそうだ。
「重金属の銅(Cu)と亜鉛(Zn)は、センサーで計測するときにお互いの特性が似ているため干渉しあいます。銅のセンサーを作るとなると、亜鉛は邪魔してくる。亜鉛のセンサーを作ると銅が邪魔してきます。」(鈴木氏)
これを解消するため、センサーのハードウェアの精度を上げることがまず考えられる。
しかし、センサーの精度を上げるということは、ハードウェアが複雑化するということである。コストもかかれば、職人技も必要であるため、センサーを作れる人も限られる。また、汎用性がないために、使う場面も限られてくる。
そこで、鈴木氏はソフトウェアに着目。AIの技術の一つである、ニューラルネットワークを取り入れることでハードウェアを複雑化することなく、正しく計測することが実現できたそうだ。
この方法は非常に経済的である。簡単なハードウェアと、ニューラルネットワークで汎用的なセンサーを開発することができるのだ。
データの量が多いほど精度が高くなるわけではない。適正なデータの学習が肝
次は、何を対象に分析をするかだ。ターゲットとして環境汚染物質、医療用のセンサー…など様々な候補が挙がった。
「対象を色々と考えていましたが、味覚は技術トピックとして大きいだろうというところで、味覚に着目してみました」(鈴木氏)
ここで完成したのが、ヒトの味を感じる仕組みを模倣した味覚センサー『レオ』である。
さて、肝となるのはニューラルネットワークに取り込むデータだ。
「よく誤解されるのは、データがあればあるほどよくなる、という話です。この話は、必ずしも正しくはないです。もしここで、ノイズとなるデータを増やしてしまったら、逆に精度は落ちます。いわゆる、オーバーフィッティング(過学習)ということになります。
人間もスポーツで変な癖のフォームがつくと、矯正するのは大変ですよね。ゼロのほうがまだましなこともあります。
変な癖をつけるようなデータを学習させてしまうと、逆に精度が落ちてしまう。」(鈴木氏)
データは多ければいいというわけではない。いかに適正なデータを用いて学習させるかということが重要になる。
味覚センサー『レオ』は食品との相性度までも計測
味覚センサー『レオ』は、キリンビバレッジ 生茶や、アサヒビール クリアアサヒなど飲料の商品開発に携わっている。
中でも興味深いのが、玉乃光酒造株式会社の『94(きゅうじゅうよん)』だ。これは、焼き鳥と最高に相性が良い純米吟醸酒として、2016年9月4日(串の日)に合わせて発売された。
同社は、焼き鳥に合う日本酒の完成を追い求めたものの、味の感じ方や相性の捉え方に個人差が生じるため、開発が難航したそうだ。
これを解決するために、第三者の公平な目線として、味覚センサー『レオ』を使用して複数の条件による相性度の検証を実施。この『94(きゅうじゅうよん)』を燗酒にして、タレ味の焼き鳥と食べ合わせた結果、相性度は97.8%という数値をたたき出したという。
ここで、同社の味覚センサー『レオ』について紹介していこう。
同社の味覚センサーの仕組みの説明にある通り、人間は舌で味覚を感じ、脳内にある神経伝達物質(ニューロン)を通じて、味の認識をする。
引用:味覚センサー「レオ」とは – AISSY株式会社【AISSY-味分析、味覚分析/味センサ、味覚センサ、味覚センサー】
人間の味覚を再現するのが、この味覚センサーだ。
センサーは、左右のブロックに分かれており、左側で塩味・酸味を、右側で甘み・旨味を感じるようになっている。
塩味を感じるのは、ナトリウムイオン(Na⁺)、酸味を感じるのは水素イオン(H⁺)であるため、それぞれのイオンを取り出すために電気分解をし、電流を計測する。
一方で甘み・旨味はイオンを取り出すのではなく、酵素と酸化還元反応を起こさせ、そこで生じた電位差を計測する仕組みとなっている。苦味については、塩味側・甘味側でも計測ができるため、仕組みはさらに複雑だそうだが、ニューラルネットワーク側で処理をしているという。ここまでが、人間でいう舌の働きになる。
測定された結果は、センサー内に内蔵されているニューラルネットワークで解析され、最終的には定量的なデータとなって出力される。もともとは医療用として使われていたセンサーを応用し、同社はこの一連のパッケージに関して特許を取得している。ここで得られた結果をもとに、食品や飲料の味を定量化し、商品開発に役立てている。
一年後、「何がおいしいとされるか」を予測していきたい
「実は、自分のやりたいことが全部できているわけではないです。まだ10%くらい。」と鈴木氏。
今後の展望としては、人による味覚の違いや、人種別の味覚の違いなども取り上げていきたいという。
今は日本人の味覚に合わせた学習データになっているが、例えばインド北部は日本とは味覚が全く違うため、そういったところにも対応できるような挑戦をしていきたいと語る。
ソフトウェアの学習データを変えれば、インド人・アメリカ人・中国人…と様々な国や地域のあった味覚にカスタマイズが可能だ。
日本の飲食店が海外進出を図る際に、日本人にとっておいしい味を現地にも提供してしまったため、現地の方々に受け入れられずに撤退を余儀なくされるといったニュースがある。
国や地域ごとのおいしいと思う味覚を分析ができれば、その国・地域に合った味の料理が提供できることになることだろう。
「“おいしさ”についてより深く考えたいですね。商品開発は一年後を見据えて作るので、一年後何がおいしいとされるか、といった予測もできるようにしたい。」(鈴木氏)
今は、酸味や苦みはコーヒーやビールなどに代表するように、好まれる味となってきた。ペットボトルで売られている緑茶も、苦み・渋みが強いお茶も多い。
酸味や苦みは、腐ったものや毒物の味なので、人間の本能的には好まれる味ではない。
「今後は、酸味・苦みの使い方がポイントになってくるのでは」と鈴木氏は語る。しかし、酸味・苦みだけになるとおいしくはないので、他の味との組み合わせも重要になってくるのだ。もちろん、味覚センサー『レオ』は味の相互作用を加味したデータ出力も可能である。
相性が良い組み合わせとは、いかに相手の良いところを潰しあわず、足りないところを補っているかで判断されるそうだ。
先ほどの『94(きゅうじゅうよん)』の例であれば、タレ味の焼き鳥は甘味・塩味・旨味が強い反面、酸味・苦味が弱い。そこに「94」を合わせることで足りなかった酸味・苦みが補われ、口中に味わいのバランスが生まれるという。
AIを用いることで感覚的に判断していたことを、科学的な根拠をもって説明できるように
これまで商品開発の現場は人の勘や経験によって行われていた部分が多い。人間は、おいしい・おいしくないといった感覚での評価は可能だ。
しかし、ビジネスとして考えたときには、KPIにあたる売上・利益・リピート率を達成させるために、どういうおいしさの成分であればKPIが達成できるのかといった数値化は難しい。おいしさが数値化されると、もっと酸味があったほうがこのターゲット層には好まれる、少し甘味を抑えてみよう、などといった具体的な調整も可能になるだろう。
「さらに、AIを応用していくと、予測の精度が高くなることも期待されます。人工知能に予測の手伝いをしてもらうことが今後ポピュラーになるのではないでしょうか。」(鈴木氏)
味覚は人によって好みがあるところなので、数値化が難しく、AIに分析してもらうことが可能なのか、と筆者も疑問に感じた。鈴木氏に伺うと、国や地域といったよほどの違いがなければ、大体の人は幼少期から同じようなものを食べて過ごしているので、おいしいと思う味はそこまで変わりはないそうだ。例えば、日本人であれば、大抵の人は味噌汁をおいしいと感じる、というように。
人の勘・感覚・経験を数値化することは難しいのではないか、という思い込みをいったん捨て、仮説を立てて取り組むことが必要であるともいえる。
また、AIを商品開発に役立てるといっても、急激な変化を伴うわけではない。人間が持つ勘や経験も重要だ。サンプリングなどでアンケートを取るといったフィールドでの実証実験は、一般ユーザーに味を評価してもらうことができるので、まだまだ必要なのだそうだ。
人の勘・経験と、AIの技術によって叩き出された数値。両方の良いところがうまく掛け合わされることによって、人々の味覚を満足させることにつながってくるのではないだろうか。
鈴木 隆一(すずき りゅういち)
2006年、慶應義塾大学理工学部卒業。2008年、同大大学院理工学研究科修了、AISSY株式会社創業。同社 代表取締役社長、慶應義塾大学共同研究員。『日本人の味覚は世界一』(2013年 廣済堂出版)など味に関する著書も多数。
<参考・参照元>
話題の味覚センサーで相性度 97%以上 – 玉乃光酒造株式会社
取材・文:池田 優里