AIビジネスを成功させるために押さえておきたい、オープンイノベーションと法的留意点【インタビュー】
※ この記事は 2017年08月01日に DX LEADERS に掲載されたものです。
今後、新しいビジネスをはじめるにあたり、自社の製品やサービスとして検討しているところもあるだろう。
ただ、人工知能(AI)を利用した新規ビジネスにおいては、まだ法整備されていないグレーゾーンが存在することや、AIに読み込ませるデータがどこから取得され、どう活用されているかがわからないと一般ユーザーが不安感や気持ち悪さを覚えるといった課題がある。
こうした課題に関して、法的な留意点に加え、ビジネスとして成功するためにどのような点を配慮したらよいのか、一般社団法人 人工知能ビジネス創出協会(以下AIB協会)理事であり、渥美坂井法律事務所・外国法共同事業 シニアパートナーの早川 真崇氏に話を伺った。
AIが得意なこと、不得意なことを見極めてビジネスの形に
「AIを使ってこんなビジネスをやってみたいと相談される方がたくさんいます。
今のご時世、“AIを搭載した新製品・サービス”と銘打つだけで、ある程度のマーケティング効果は期待できるため、マーケティング面では成功しているように見えます。
しかし、一般に、消費者の方は、AIを搭載しているなら、優れた性能やサービスを提供する画期的なプロダクトやサービスであるという印象をお持ちになるのではないかと思います。AIを活用したビジネスをはじめるに当たっては、このようなユーザーの目線にも配慮しながら、AIをどういうところに使うかという点を意識することが大事だと思います。その際、AIを使ったサービスや製品をビジネスの形にするまでに実は高いハードルがあるということも理解しておく必要があります。」(早川氏)
そのハードルをクリアするためのポイントは、AIにできること・できないこと、向き・不向きを理解するということだ。一般的に、現在の技術レベルでは、評価・判断はAIにはできないといわれている。そのため、ビジネスをはじめる上ではAIが得意なところから入っていくのが重要である。
AI導入の事例としてよく見られるのは、人の手で行っている何かの作業を自動化させたい、という要望に基づくものだ。早川氏は、例を出して説明する。
「例えば、ベルトコンベアーで流れてくるモノに対して、A、B、C、その他の4つの分類の物を人の手で選別しているという作業工程があるとします。これを自動化したい。そうすると、予め画像データを撮影し、AIに画像を覚えこませ、画像認識の技術を使ってロボットアームを用い選別化することを考えついたとします。」(早川氏)
実はこれが意外と難しい、と早川氏は語る。
Aというものの特徴がたとえば「赤の立方体のブロック」といった統一的な形であればよいが、なかなかそうはいかない。
統一的なものではなく、例えば、プラスチック片、ガラス片、木片、その他、という分類であれば、様々な色、形の物があり、これをAIが画像として正確に分類できるまで認識率を高めることは技術的には可能であったとしても、ビジネス化するまでの道のりは困難だ。画像認識の技術を導入するとしても、認識率を高めるために教師データとなる大量の画像をそろえるためには、複数の方向から対象物を撮影するための機材など初期投資が必要となる。
こういった場合、画像認識を使うのではなく、例えば、分類すべき対象物の表面の形状を測定して数値化し、特徴量をつかむことも考えられる。
最先端のAIの技術で画像認識があるらしいから使ってみよう、と飛びついてしまうと、初期投資などのハードルが高い上に、目的を実現するために、画像認識の精度を高めることに時間と労力を費やしてしまい、実際に進めようとしているビジネスが頓挫してしまう結果にもなりかねない。
「人間が普段生活する中で、暗黙知や常識というものがあると思います。そういったものを前提に判断するという人間の思考プロセスをAIに代替させるのは難しいと言われています。AIを使ってビジネス化するのに適している案件であるか否かを初期の段階で検討することが重要であり、AI以外を用いてショートカットが実現できるビジネスであるか否かを考えるのが適切だと考えています。」(早川氏)
このように、AIが得意・不得意なところを知っておく必要もある。AIは高度な計算は得意だが、意味解釈や暗黙知に関しては不得意とされる。
例えば、道徳の問題をAIに解かせたとする。色々な行動をとっている子どもの絵をAIに見せ、道徳的にやってはいけない子どもの行動を選ばせる。その中に、「ある男の子が車道に入ったボールを取るために、横断歩道以外のところを渡ろうとしている絵」が含まれていたとする。人間であれば、男の子の行動はNGとすぐに分かるが、AIは、「横断歩道がない場所で車道を横断することが交通ルールに違反する。」という暗黙知が理解できないため、正解を出すことが難しいということになるであろう。
迅速にAIビジネスを進めるために、オープンイノベーションの活用も視野に
「AIビジネスを進めるためには、できるだけ少ない費用と労力で、障壁の少ない方法、最短距離で事業化できる手法(ビジネスモデル)を検討する、というのも重要なポイントになります。」(早川氏)
特に、AIのビジネスでは、技術の進展が極めて速いため、数年単位というよりも、例えば3か月、半年というスパンでマイルストーンを定めて、発展的なビジネスのスパイラルを検討する必要がある。それくらいのスピード感で臨まなければ、国内や海外の競合相手との関係で優位に立つことは難しい。まずはスピーディに取り組み、プロトタイプを作りながらブラッシュアップしていく方法をとることがポイントになる。
ただ、AIビジネスを始めたいけれども、自社で多額の研究開発費を投入することや、受託開発を行うことはなかなか難しい、という声もあるだろう。
それについては、オープンイノベーションの選択肢もあると同氏は語っている。
「ただし、オープンイノベーションでAIビジネスを行う上で法的に留意すべき事項として、利益の配分に関する条項や、プロトタイプ作成の段階でAIにデータを入力した後の出力結果の権利関係に関する条項などを契約で明確に定めておくことが挙げられます。
それは、その出力結果については、学習済みモデルと言われ、これが著作物に該当するか、発明に該当するかなどの法的な権利関係が、AIの特性を踏まえて解釈した場合に、現行法上では必ずしも明らかではないとされているからです。
そこで、AIビジネスを進める際のビジネスフォーメーションに応じて、後々トラブルにならない形で、秘密保持契約(NDA)を締結するのみならず、プロトタイプの作成のフェーズでも、きちんと契約で、権利の帰属などを明確に定めておくことが重要になります。」(早川氏)
オープンイノベーションを成功させるという観点から、自社の利益ばかりを追求しまうことで、なかなか協業や連携が進まないケースもあるため、AIB協会では、協業先のマッチングや、どのようなビジネスフォーメーションを組めば、うまくAIビジネスを進められるかという相談への対応も行っているという。
「法的に留意しなければならない点はありますが、自社のみでAIビジネスに参入するためのデータ、資金、技術などを準備することが難しい場合に、一つのアプローチとして、オープンイノベーションを推奨しています。たとえニッチな分野であったとしても、潜在的に十分な市場規模があると思われる場合には、オープンイノベーションにより、AIビジネスを加速することが可能になる場合があります。」と同氏は加えた。
法的には問題がなくても、事業リスクにならないための自主的ルールのガイドライン制定が重要
「AIビジネスには、データが必要となるケースが多いため、ビッグデータの利活用という観点から法的に留意すべき点があると思います。
例えば、AIに入力するデータを自社でお持ちの場合とそうでない場合と、自社で持っているとしても、個人情報や、プライバシーなどを含むのか、そうでないのかによって、データの扱い方が変わってきます。」(早川氏)
データの種類には、気象データや交通量などといった個人情報を含まないものと、個人情報を含むものがある。
ビッグデータのAIビジネスへの利活用に当たって、前者について、法的問題が生じることはあまり多くはないが、後者に関しては、例えば、個人情報保護法を遵守することや、プライバシーなどの権利の侵害とならないか、不正競争防止法の定める営業秘密などの侵害とならないか、などを含め、留意すべき点が多々ある。
早川氏より、具体例として、総務省と経済産業省が所管するIoT推進コンソーシアムにより2017年3月に公表された「新たなデータ流通に関する検討事例集」(Ver1.0)に掲載されている検討事例の中から、二つの事例を紹介していただいた。
事例1 介護システムデータの活用のユースケース
概要:ソリューション提供事業者が介護施設などに設置したセンサーから取得した介護データを分析し、ヘルスケアサービスで利用するともに、第三者へ販売するモデル
引用元:新たなデータ流通取引に関する検討事例集 (Ver1.0)
ここでは、介護施設などから、要介護者の状態、室内の行動などの介護データをソリューション提供事業者に提供され、そのソリューション提供事業者が、介護データに基づき作成した要介護者の行動分析、統計情報などの分析データを民間企業や研究機関等へ販売するというビジネス形態が想定されている。
「顔認識可能な画像等を扱う場合は、データの取得の時点で個人情報の取得に該当するとされています。また、取得したデータに個人の病歴等を含む場合は、2017年5月30日に施行された改正個人情報保護法で新たに設けられた『要配慮個人情報』に該当する可能性があるとされ、データ取得に本人の同意が不可欠となります。
事業の途中から同意を取得するのは負担が大きいため、始めから同意を取得しておくことが望ましい、とされています。さらに、この同意の取得に関しては、要介護者本人が認知症などを患っており、本人に意思能力がない場合には、本人からの同意の証拠能力を問われる可能性があるため、家族からも同意を得ることが望ましいです。
また、ビジネスを円滑に行うという観点からの留意点として、同意を取得するにあたり、係争が生じないように十分な期間を置いたうえで宣伝プロモーションを行い、生活者に許容してもらった上で、事業を推進することがよいのではないか、との指摘もされているところです。」(早川氏)
早川氏によれば、個人情報やプライバシーを含む可能性のあるデータを活用したAIビジネスを行うに当たっては、これらの指摘のうち、最後の点が最も参考になると述べる。
つまり、法令に違反しないようにきちんと手当てを行うという点にとどまらず、ビジネスの展開に当たり、ネガティブ要因を取り除き、サービスや製品に関して、理解や共感を得られやすい環境を作るということである。
先ほどの事例1で言えば、法的な観点のみに絞れば、個別に同意を取得すれば問題はなく、意思能力に疑いのある方なら家族から同意を取り、ビジネスを進めること自体に法的問題はないかもしれないが、一般に要介護者やその家族にとって、自分たちに関する情報がデータとして取得され、サービスに利用されるということには不安感や抵抗感を感じるものであろう。
特に認知症患者の介護に関するデータについては、センシティブな情報であり、これを提供したり、利用されたりすることについては、ためらいを覚えるのがむしろ自然である。そのため、同意を得る際には、データを利活用したビジネスで何を目指すのかをメッセージとして分かりやすく伝えることが重要であるという。
例えば、要介護者のデータを取得して、これを活用することによって、介護の負担が軽減され、要介護者にとっても充実した介護が受けられることにつながるなど、そのビジネスの推進が将来、世の中の役に立つ、公益に資するなど、プラスの作用をもたらすものであることを、分かりやすく説明して、きちんと理解してもらわない限り、事業者がデータ取得に必要な同意を得られにくくなるだけでなく、そのデータを活用したサービスが普及・浸透しなくなるのではないかということだ。
さらに、AIとは一般消費者にとってはまだまだ得体のしれないものであるので、自分たちの提供したデータが、AIに分析されることに対して気持ち悪いと感じる人もあるだろう。
自分たちが提供したものが、どのようなサービスになるのか、実際にデータを提供した人に対してはプライバシーを侵害しないことや、権利を侵害することはなく、むしろ社会にとってプラスの価値をもたらすものであるというメッセージを伝えることが、ビジネスの成否を分けることになるのではないかという。
事例2 駐車場の稼働データの活用
概要:ソリューション提供事業者が、駐車場に設置した駐車場システムから取得した駐車場の稼働データを分析し、自社のサービス(駐車場の利用状況の公開など)で利用するとともに、第三者へ販売するモデル
引用元:新たなデータ流通取引に関する検討事例集 (Ver1.0)
この事例では、ソリューション提供事業者が、駐車場経営者から駐車場の稼働データ(満空情報、駐車台数、車番、駐車場利用時間、購買情報など)を取得し、ソリューション提供事業者が駐車場の稼働データを基に作成した分析データ(車両情報(車両ID、車種、駐車場利用時間)と購買情報(駐車場の割引を受けた店舗ID、購買金額)を紐づけたデータ)を民間企業や自治体等へ販売するというビジネス形態が想定されている。
このケースでは、車番の取り扱いに関して以下のような法的な留意点が指摘されているという。
「車番はプライバシーのあるデータではあるが、公道で公開されているデータであるので、取得に関しては問題がないと2009年の東京高裁で判決が出ている。そのため、他の個人情報と紐付けない限りは車番は個人情報ではない、とされています。
他方で、車番は、改正個人情報保護法の定める個人識別符号ではないが、将来、個人識別符号に指定される可能性はあり、その場合でも、リスクが高くなる事業ではないと考えられるが、可能であれば、駐車場利用者から同意を取得することが望ましいとの指摘がされています。
また、プライバシーの観点からも、車番から所有者の生活の実態を分析するような事業ではないため、リスクが高くないと考えられるが、可能であれば、駐車場利用者から同意を取得することが望ましいとされています。
ここで指摘されていることは、法的に見た場合、車番は、それ単体では個人情報ではないので、現行の個人情報保護法は車両の利用者からの同意を取得することはマストではありませんが、可能であれば利用者から同意を取得することが望ましいということです。
確かに、自分たちの所有する車両の車番のデータを無断で取られて、利用されることについては、気持ち悪さや不安感がありますよね。特に、車番自体に特別な思い入れがあって希望して取得している人もいらっしゃると思います。このような人たちにとっては、車番のデータを無断でとられて、ビジネスに活用されて利益を得るというビジネスに対しては、不快感を抱いてもおかしくはありません。
その場合、車番の情報などを車両所有者に無断で提供する駐車場の利用を控えるという行動をとるかもしれません。そうなっては、そもそも肝心の車番などのデータを収集することが難しくなり、ビジネスとしてうまくいかないリスクがあるわけです。したがって、法令遵守という観点からは、必ずしも必要とされてなかったとしても、ビジネスを円滑に進めるという観点から、例えば、駐車場利用者から、利用に際し、車番などのデータの取得をする目的を明示して、同意するか否かを選択できるようなシステムを構築しておくのが無難だと思われます。その上で同意した駐車場利用者から得られた車番などのデータのみを活用するというのが、ビジネス上はリスクが低い方法だと思います。」(早川氏)
法的には合法だが、事業リスクが発生する可能性があれば、これをできるだけ低減し、データの提供者に、データ取得の目的を周知した上で、同意を取ることが好ましいとしている。
さらには、個人情報やプライバシーを含むデータを収集して、これをAIで分析するというビジネスを行う企業は、個人情報保護法やこれに関連するガイドラインなどが定めるルール以上の厳格な自主ガイドラインを定めて、個人情報やプライバシーなどの保護に積極的に取り組んでいるという明確なメッセージとして顧客や社会に向けて発信することも重要ではないか、と同氏は付け加える。
AIビジネスを検討するに当たり、これまでの新しいビジネスの創出とは違った視点での留意点があるということがわかる。しかし、留意点が多い、リスクも多いからやめよう、という考え方をとる必要はないと思われる。
はじめに例で挙げたモノの選別であれば、モノを認識する手段方法の選択肢に画像認識が加わっているため、検討の幅が広がったともいえる。この例は画像認識と相性が悪いケースであったが、逆に画像認識と相性が良いケースも多くあるといえよう。
そして、事業のスピード感を上げるためのオープンイノベーションの取り組みにおいては、自社にない技術や、データなどを用いた新たなソリューションを生み出すチャンスになるため、利益配分や権利関係を契約で事前に取り決めることが重要であろう。
さらに、ビジネスを生み出す前に、法的な留意点などを押さえておけば、いざ走り出した際に障壁にぶつかり、ビジネスが頓挫してしまうなどトラブルを事前に防ぐことができる。
AIビジネスに伴うデータの取得や利活用に関しては、法令を遵守しているかという観点のみならず、ユーザーや社会からどのように見られるか、どのような情報をオープンにして、同意を得るようにすれば、データの提供者が安心し、ユーザーや社会からも受け入れられ、新しいサービスや製品が浸透・普及するであろうかという、プラスアルファの視点が重要だと感じられた。
AIビジネスには、ブラックボックスやグレーの部分が多いとの印象を持っている一般消費者も少なくないと思われるため、特に個人情報やプライバシーなどを含む可能性のあるデータを集めてAIに分析させるということに対する「気持ち悪さ」、「不安感、不快感」のようなネガティブな感情を払拭するための工夫を施すのかがビジネスの成功を左右するキーになるであろう。
取材・文:池田 優里