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業界

デジタル化を支えるシステムや組織は、明確なビジョンを描くことなくして成功なし~有識者による誌上講義 – 第 5 回 林 雅之氏

第 5 回 林 雅之氏

デジタル化による新しいビジネスやサービスが次々と生まれている。遠隔保守サービスや、機械の利用時間に応じて課金するサービスなどがその一例だ。このようにデジタル トランス フォーメーションが企業戦略の中心となるに伴い、重要となってくるのが、新たなビジネス戦略を支える IT システムや継続的なデジタル化を推進する組織だ。

今回は、「デジタル化に伴って何が変わっていくのか」「それに対してユーザー企業や IT 企業にはどんな対応が求められるのか」を中心に考察していく。

国際大学 GLOCOM 客員研究員 (NTT コミュケーションズ株式会社勤務)
林 雅之氏

プロフィール
1995 年 NTT (日本電信電話株式会社) 入社。NTTコミュニケーションズにおいて、事業計画、外資系企業や公共機関の営業、市場開発などの業務に従事。政府・地方のクラウドおよび情報通信政策関連案件の担当を経て、クラウド サービスの企画、マーケティングを担当。2011 年より、国際大学 GLOCOM 客員研究員。一般社団法人クラウド利用促進機構 (CUPA) アドバイザー。

主な著書に『イラスト図解式 この一冊で全部わかるクラウドの基本 (SB クリエイティブ)』、『スマート マシン 機械が考える時代』(洋泉社) など。

■デジタル化時代になぜ「エコシステムの構築」が重要なのか?

今やデジタル トランスフォーメーションを企業戦略の中心に据えることが大きな潮流となっており、多くの企業がデジタル技術を活用した顧客中心型のビジネスへと舵を切っています。そうした中、ビジネスにおける IT 活用の主眼も大きく変わってきています。これまでは、企業の情報システム部門が IT ベンダーと協力してシステム構築を行い、自社の既存ビジネスの効率性を高めていくことが基軸でした。今後は、新たなビジネス モデルを創出し、顧客やパートナーとの関係性、デリバリーモデル、収益モデルを変革していくという領域へと広がっていくはずです。

それでは今後どのようにデジタル社会は進展していくのでしょうか。まず最初の段階は企業がクラウドやモバイル、ソーシャル、ビッグ データといった、いわゆる「第 3 のプラットフォーム」を自社内でそれぞれ活用しているという段階です。次に IoT やウェアラブルに代表される技術によってあらゆるコト、モノがインターネットにつながりデジタル化される「デジタル ビジネス」へと移行します。現在はちょうどその過渡期といえるかもしれません。今後はなお一層の創造的破壊によって、それらのコト、モノが AI (人工知能) を搭載し、サービス化、自動化、自律化を遂げていく「スマート マシン」へ進展していくと予測しています。

デジタル化された社会では、現在のシステム インテグレーション (構築) に代わる、新たな手法、すなわちデジタル インテグレーションが必須となってきます。要するに、ロボットやドローン、自動走行車といった “スマート マシン” から、マシン向けの OS やミドルウェア、センシング技術、さらには無線システムやネットワーク技術、クラウド/データセンター基盤、ビッグ データ解析技術、AI プラットフォーム、そして最上位レイヤに位置する各業種向けアプリケーションに至る、広範な領域にわたる技術を駆使したインテグレーションが必要となってくるからです。

これらの技術や知見のすべてを単独でカバーできる企業は、おそらく存在しません。そこで各レイヤに強みを持つ IT 企業群を、コーディネートする企業が取りまとめて提供していくことになるでしょう。デジタル トランスフォーメーションの実現に向けた重要要件の 1つに「エコシステムの構築」が挙げられているのはこうした事情によるものでしょう。

■IT 企業はデジタル データを中心にエコシステムを形成する

それでは、そのエコシステムにおいて、IT 企業はそれぞれどのような役割を果たすことになるのでしょうか。ここでは、デジタル データの流れにそってその役割を紹介しましょう。まず様々なデジタル データを保有し、第三者に提供する「データ プロバイダー」が存在します。データは、公共系データと業界特化型のデータに分かれます。公共団体が公開する公共系データには、行政関連情報や気象情報といったオープン データ、社会インフラ系データ、生体・医療系などのパーソナル データ、観光や農業といった地域系データなどが含まれます。製造、金融、流通、運輸、交通などの各業界特化型のデータを供給するのは民間団体が中心となるでしょう。そうしてデータを集約・統合して価値あるものとして他事業者に提供するのが「データ アグリゲーター」の役割となります。

デジタル化された社会をデジタル データの流れに即して整理して捉え、エコシステムの中で、自社がどこに位置し、どういう役割を担っていくべきであるかを各 IT ベンダーはしっかりと検討していくことが重要となる。

そして、そうしたデータをベースに機械学習や画像・音声認識などの技術を活用したプラットフォームを提供するのが「データ ブローカー」です。そのプラットフォームは、「サービス イネーブラー」や「スマート マシン メーカー」が提供する、AI やクラウド、ネットワークなどの個別技術やサービス、およびロボットやドローンなどの製品を組み合わせて構成されます。

さらに、実際にアプリケーションを開発する「デベロッパー」や業界・業種別サービスを提供する「サービサー」を経て、アプリケーションやサービスの統合により様々なビジネス上の付加価値を生み出す「インテグレーター」を通し、最終的にシステムを利用する「ファイナル コンシューマー」、つまり利用者に至る流れとなります。

デジタル ビジネスにかかわる IT 企業は、すでに述べたデジタル インテグレーションにおける階層構造や、こうしたデータ ドリブンなエコシステムの全体感の中で、自社がどこに位置し、どういうロールを担っていくべきかを、検討していく必要があるでしょう。

■「温泉旅館型」から「近代ホテル型」のクラウド運用へ

デジタル化が進展していけば、当然企業の情報システム部門も大きく変わっていくことになります。

しかしその変化にはいくつもの “壁” が存在します。まず指摘しておかなければならないのが、日本企業では海外に比べて、デジタルテクノロジーの重要性を認識している経営層が少ないこと。これは、デジタルによるビジネス変革をミッションとする CDO (Chief Digital Officer) などの役職を設置している企業がごく少数であるということにも現れています。加えて、今後のデジタル化を見据えた情報システム部門のあるべき姿が十分に考慮されておらず、組織にも反映されていないという点も、多くの日本企業が抱える大きな課題です。

これまで企業の情報システム部門は、外部の IT ベンダーとも協力しながら、現場部門の提示した要件に沿って、既存ビジネスのプロセス効率化に寄与するようなシステムを構築してきました。今後はそれに加えて、デジタル技術を活用した新たなサービスを立ち上げていくというミッションも担っていくことになります。つまり、事業部門のいわば "下請け" というこれまでのあり方を脱し、事業部門とのパートナー関係の上に自社のイノベーションを担う組織へと変容していかなければならないわけです。

この実現に向け、重要なポイントの 1 つとなるのが、クラウド活用の推進体制にかかわる問題です。すでにほとんどの企業が、例えば定型業務に SaaS (Software as a Service) を利用したり、インフラ コストの削減やセキュリティの強化を念頭に IaaS (Infrastructure as a Service) を利用したりと、何らかの業務でクラウドを活用しているはずです。さらに今後、デジタル技術によって新たなビジネス領域へとチャレンジしてこうとする企業においては、IT 資産の肥大化を解消し、スピーディなサービス展開を実現していく手段として、パブリック クラウドやプライベート クラウドなどを適材適所に利用するハイブリッド クラウド、マルチ クラウドによるインフラ運用が加速していくことが予想されます。

こうした今後の状況を見据え、今、懸念すべきは、個別最適によるハイブリッド クラウド化が、多くの企業で進んできていること。事業部門が情報システム部門の統制の外で、独自にクラウドを採用しているケースはその一例です。こうした環境は、自社保有 (オンプレミス) のシステムから、パブリック クラウドやプライベート クラウドを専用線や VPN などでつなぐという運用形態がとられており、それはさながら「本館 (オンプレミス)」に「別館 (クラウド)」を建て増しして廊下でつないでいく「温泉旅館型」のようなシステム構造となっています。こうした温泉旅館型のハイブリッド クラウドでは、専用線や VPN などのコストが肥大化するのはもちろん、複数のクラウドの運用管理にかかわる負荷の増大、責任範囲が明確でないことによるガバナンスの低下といったリスクを抱えています。

これに対し、企業がデジタル化を念頭においた IT インフラにかかわるロードマップを描くなら、全体最適化に主眼を置いた「近代ホテル型」のハイブリッド クラウドを目指すべきでしょう。近代型ホテル型とは、単一の土地、すなわちデータセンター上に、しっかりとしたフロア別レイアウトを定め (ロジカルネットワークを敷き)、その上に旧来の温泉旅館の機能 (ベアメタル) や VIP 向けの宿泊施設 (プライベート クラウド) 、ビジネス パーソン向け宿泊環境 (パブリック クラウド) を稼働させるというシステム構造です。

個別最適の「温泉旅館型」による運用では、専用線や VPN などのコストの肥大化、運用管理負荷の増大、さらにはガバナンス低下といったリスクが懸念されるため、デジタル化を目指す企業では、全体最適化に主眼を置いた「近代ホテル型」による運用を、情報システム部門を主体に目指していくべきである。

これからの情報システム部門には、こうした近代ホテル型のハイブリッド クラウド環境を、ホテル管理システム (クラウド マネジメント ツール) で適正に管理・統制し、企業内でのクラウド活用の推進を担っていく役割を果たすことが求められます。

デジタル トランスフォーメーションにおいて企業が求められるもの――。それはデジタル技術を活用した顧客中心型のビジネス戦略に注力する一方で、それを支える将来的な IT システムの姿や、デジタル化を推進する組織が担うべき役割をしっかりと描き、実践していくことだといえるでしょう。

今回の講義のまとめ

  • 現在のシステム インテグレーションに代わる、デジタル インテグレーションが求められる
  • デジタル データを中心としたエコシステムにおける自社のロールを再検討する
  • 情報システム部門は自社のイノベーションを担う組織へ

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