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業界

変革を促進する特区戦略と 5 つのポイント。投資に対する考え方も抜本的な見直しを~有識者による誌上講義 – 第 4 回 内山 悟志氏

第 4 回 内山 悟志氏

企業の中には、デジタル トランスフォーメーションへの取り組みが進まず悩んでいるところも多い。その要因として、「最初の第一歩がなかなか踏み出せない」「既存の仕組みが改革にうまくフィットしない」といった点が挙げられる。

アナリストとして第一線で活躍している内山 悟志氏は、「こうした状況を解消するためには、従来の常識にとらわれない新たな枠組みを築くことが必要」と説く。特区戦略で最初の壁を突破するとともに、「意識」「組織」「制度」「権限」「人材」のあらゆる側面で変革を進めることが求められるという。

株式会社アイ・ティ・アール
代表取締役/プリンシパル・アナリスト
内山 悟志氏


プロフィール
大手外資系企業の情報システム部門などを経て、1989 年からデータクエスト・ジャパン (現ガートナー ジャパン) で IT 分野のシニア・アナリストとして国内外の主要ベンダーの戦略策定に参画。1994 年に情報技術研究所 (現アイ・ティ・アール) を設立し、代表取締役に就任。

現在は、ユーザー企業の IT 戦略立案・実行およびデジタル イノベーション創出のためのアドバイスやコンサルティングを提供している。講演・執筆多数。

■待ったなしのデジタル変革。一刻も早い取り組みを

デジタル トランスフォーメーションがこれほど大きな注目を集めているのには、主に 2 つの理由があります。まず、その 1 つが「ビジネス環境」です。これまで隆盛を極めてきた資本主義市場経済は、経年疲労による行き詰まりを感じさせつつあります。特に先進国ではモノが溢れており、新たな体験や価値を提供しないと顧客に振り向いてもらえません。Uber や Airbnb などのシェアリング エコノミーが活況を呈しているのも、これまでとは異なる新しい経済モデルへの関心が高まっていることの証しといえます。

また、もう 1 つの大きな要素が「テクノロジ」です。IoT や AI などのデジタル技術が進化したことで、モノからコトへ、体験へという潮流を具現化するサービスや製品を実際に生み出せるようになりました。デジタル技術で新たなビジネスの創出を目指す流れは、今後もさらに加速していくと考えられます。

こうした変化に伴って、経営トップの意識も大きく変わりつつあります。2 ~ 3 年前までは、まだまだ自分事として捉えていない企業も多かった。しかし、最近では、業種や企業規模の別を問わず、積極的にデジタル トランスフォーメーションに取り組もうとする機運が強まっています。

その裏側には、自社の存続に対する強い危機感があります。なにしろ異業種や外資、ベンチャーなどの参入によって、あっという間に市場を引っくり返されかねない時代です。これまで通りのビジネスだけを手がけていたのでは、5 年後、10 年後に自社は無くなっているかもしれない――。経営層の方とお話をすると、そういう切迫した危機感が感じられます。デジタル変革に向けた取り組みは、まさに企業にとって喫緊の課題と言えるでしょう。

■デジタル変革を加速する 5 つのポイントとは?

それでは、どのようにしてデジタル トランスフォーメーションを進めていけばよいのでしょうか。そのポイントとなるのが、「意識」「組織」「制度」「権限」「人材」の 5 点です。

この 5 点のどれについても、おそらく企業にとっては大きな変革になると思います。しかし、それでもあえて全体として取り組んでいく必要があります。なぜなら、これらは「足し算」ではなく「掛け算」の関係になっており、どこかのポイントが欠けると全てがゼロになってしまうからです。

例えば、改革に向けた意識を強く持っていたとしても、権限や予算が付いてこないのでは、実際の取り組みは進みません。こうした問題はなかなか現場だけでは解決できないことも多いので、ぜひ経営トップがコミットして強いリーダーシップを発揮していただきたい。

また、特に意識については、ミドルマネジメント層の意識改革が大きなカギとなります。業界や自社の状況をよく熟知している経営トップは、改革意識も強く持っていることが多いものです。しかしミドルマネジメント層は、現場の事業に対して責任がありますし、これまでの常識や成功体験にも縛られがちです。とはいえ 5 つの改革を進めていく上では、ここを打破することが非常に重要なので、場合によっては外部人材を登用してロール モデルになってもらうなどのショック療法も必要になるでしょう。

その他のポイントについても、それぞれ重要です。例えば組織については、少人数でもよいので専任の担当者を設けてほしい。兼業ではどうしても本業を優先せざるを得ませんので、改革が後回しになってしまいます。また、ベンチャーやフリーランス、大学、専門家などの外部パートナーとも、ゆるやかに連携できるような組織が求められます。

評価制度や採用制度、外部との契約の仕組みなど、自社のヒト・モノ・カネに関わるような制度についても、取り組みの障壁になりそうなものは柔軟に変えていくべきです。加えて、改革の推進役を担う人材が存分に活躍できるよう、予算執行などの権限もきちんと付与する必要があります。

イノベーションの実現に向けては、「既存ビジネスの維持」と「新たな分野への挑戦」という、二刀流が求められます。これは一見非常に難しそうなテーマですが、落ち着いて考えてみれば、何も社員全員が変革を起こす必要はない。既存ビジネスに振り向ける労力をできるだけ減らしつつ、浮いたヒト・モノ・カネを使って変革に挑めばよいのです。そうした取り組みから少しずつ成果が生まれ、やがて自社の新たなビジネスの柱に育っていく。経営トップには、そうした未来に向けたストーリーを社員に示す必要があると思います。

■カギは「最初の壁の打破」と「分散投資」

実際の取り組みにおいては、この 5 つのポイント以外にも様々な「壁」があります。例えば、私たちが「最初のひと転がりの壁」と呼んでいるものもその 1 つ。これはチャレンジに向けた第一歩を、なかなか踏み出せない状態を指します。

このような段階を乗り越えるためには、イノベーションのための「特区」を設けることが肝心です。通常の業務とは全く別の組織や予算枠を作り、特別なルールの中で自由な活動が行えるようにする。そうして小さな成功、つまりクイックウィンを少しずつ積み重ねていくことで、最初の壁を打ち破るのです。これがうまく進めば、あとはその成功を段階的に社内に拡げていけばよい。最初のひと転がりを特区で突破して、さらに特区を拡げていくようなイメージです。

また、企業の中には、最初のひと転がりはできたものの、その先の展開や定着で停滞してしまっているところもあります。PoC (Proof of Concept: 概念実証) までは実施してみたものの、なかなか実業務に適用できないといったケースです。こうした場合には、取り組みの中で問題となった点を記録して、それが 5 つのポイントのどこに当てはまるのかを総括するようにしていただきたい。「権限がなく外部パートナーを使えなかった」「予算を確保するのに 3 か月かかった」など、具体的な課題点が明らかになれば、それを解決してさらに先へと進めるようになります。

投資のやり方についても、これまでとは発想を変えていく必要があります。日本企業の特徴として、自らの得意分野の近傍領域に大きな投資を集中させる傾向があります。慣れ親しんだ分野への投資は心理的なハードルも低いのでしょうが、実はこれはあまり望ましいことではありません。

イノベーションを生み出すための取り組みは、全部が全部、芽が出るというものではありません。100 の取り組みのうち、数個が当たれば大成功と言ってもよいでしょう。となると、 1 つのプロジェクトにどんと 100 億円投資するよりも、1 億円ずつ 100 のプロジェクトに投資したほうが、成功確率が上がるのです。

これまでにはなかったような取り組みに挑戦するのですから、失敗するのはむしろ当たり前です。失敗を恐れたり、マイナス評価として捉えてしまったりするようでは、イノベーションは起こせません。失敗しても痛くない程度の規模で分散投資を行うとともに、短いサイクルで機動的に拡張・縮小の見直しが行えるような体制が求められます。

IT 投資についても、今後は先にも述べた二刀流になる必要があるでしょう。基幹システムやインフラなどについては従前通りの手法も重要ですが、デジタル革新のための費用についてはそれらとは異なる事業投資と見るべきです。これを同じ枠内で考えてしまったのでは、必要なところに予算が行き届かないといったことにもなりかねません。

■IT ベンダーをデジタル トランスフォーメーションのパートナーに

ここで 1 つ面白い事例を紹介しましょう。ある製造業では、IT 部門長のアイデアでイノベーション専任担当マネージャーを 1 人置くことを決めました。そして、そのマネージャーにある程度の予算を与えると同時に、何か困り事があったらこの人に相談してほしいと全社に公表しました。すると各事業部門から、続々と相談が寄せられるようになったのです。

これで分かることは、潜在的なニーズや課題が実は数多く存在しているということです。現場ではいろいろやりたいことがあるにもかかわらず、売上確保や責任回避といった現実的な問題に阻まれて、燻っていることがたくさんある。それが、予算と権限を持った人がいると知ったことで、一気に表面化したというわけです。

このように、ちょっとしたきっかけで、変革に向けた取り組みが大きく動くこともありますので、ぜひ皆さんの会社でも、新たな試みにチャレンジしていっていただきたいですね。自前では技術力が足りないという場合には、IT ベンダーの力をうまく使うのも 1 つの手です。最近では、顧客との共創を掲げている企業も多いので、構想や施策まで一緒に考えてくれるようなパートナーを作るのも 1 つのやり方です。そうすれば、デジタル トランスフォーメーションに向けた道のりを着実に歩んでいけるはずです。

今回の講義のまとめ

  • 変革は意識×組織×制度×権限×人材の掛け算で考える
  • 「最初のひと転がりの壁」は特区戦略で突破すべし
  • 分散投資が鉄則。数が多ければ成功確率も高まる

関連リンク

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