AI が加速させる インダストリートランスフォーメーションセミナー〜Microsoft AI Co-Innovation Lab @ Kobe~第一回開催レポート
2024 年 2 月 9 日、Microsoft AI Co-Innovation Lab Kobe において、主に AI の利活用を視野に入れている製造業事業者に向けたセミナーが開催されました。全 3 回シリーズの初回となったこのイベントは、あえてオンライン開催ではなくリアルの熱気を追求。当日は、45 名の定員を超える参加者が各登壇者のプレゼンテーションを聞き漏らすまいと熱い視線を送りました。
AI を活用した製品やサービスの、新たな可能性を探るヒントとなり得るトピック、またそれを支援する Microsoft の AI ソリューション、さらには 2023 年 10 月にオープンしたばかりの Microsoft AI Co-Innovation Lab Kobe の機能についてなど、盛りだくさんの内容を共有する場となった本イベント。本稿ではその一部をレポートします。
CTO セッション「AI Transformation: 生成系 AI で仕事を革新させる 」
日本マイクロソフト株式会社
技術統括室 CTO
野嵜 弘倫
CTO セッションの前半では、日本マイクロソフト株式会社 技術統括室 CTO 野嵜 弘倫による、AI 技術の活用と、その社会的応用の現在地についての講演が行われました。
野嵜が「私の過去の経験からしても、これだけの製品すべてに AI 機能が搭載されるというのはものすごい開発のペースでした」と語る通り、2023 年 1 月の、サティア・ナデラ CEO による「Microsoft のあらゆる製品に AI を搭載する」という宣言から、各製品への AI 機能実装、また Azure OpenAI Service などの AI 関連製品のリリースと、スピード感を持った開発が行われてきました。
そして急速に進化する AI 技術に対して、Microsoft は常に先を見越したアクションを続けています。「Microsoft は、AI は人間に取って変わるのではなく、人間のサポート役になるという思いを「Copilot」というネーミングに込めています」と野嵜。現在、Microsoft 365 や Bing ブラウザに搭載されている Copilot 機能は、人間と AI の協力による生産性の向上を目指していることを強調します。そしてユースケースとして、AI の応用は、アイデアの壁打ち社内情報の検索、コールセンターの効率化など、労働集約型業務の自動化に留まらず、人間の判断を補助する形で広がっていることを示します。
続いて具体的な AI 技術の応用事例が紹介されました。SOMPO ケア、パソナ、Preferred Robotics の各社に続いて、今回のテーマに合わせてピックアップされた一つ目の事例は、富士フイルム社が開発途上国で展開している人間ドックサービスです。このサービスで特に注目すべき点は、歯の検診時における AI の使用で、口腔内の画像から瞬時に舌がんの有無を判定できるようになっています。また、専門用語などを学習させたチャット bot サービスも付帯されており、人的リソースの削減に役立っています。
二つ目は、メルセデス・ベンツ社による AI ナビゲーションシステムの事例。このシステムでは、ドライバーの音声命令に基づいて、レストランの予約から道案内までが一貫して提供されます。運転しながらすべての作業が終了してしまうこの事例は、AI の生活への統合度を示すものであると言えるでしょう。
そして三つ目の事例は、ウォルマート社によるオンラインショッピング体験の改善について。ユーザーの質問に基づいて、AI が関連する商品の提案を行うシステムです。アメリカンフットボールの観戦パーティーを計画する際に、適切なパーティーグッズを提案する様子が示されると、その精度と実用性の高さに会場から感嘆の声が上がっていました。
最後に、国内の事例として株式会社アイシンが開発した聴覚障害者の支援アプリケーションが挙げられました。このアプリケーションは、音声をリアルタイムでテキスト化し、聴覚障害者が情報を得やすくすることを目的としています。野嵜によると、2023 年 11 月のリリースからすでに 54 万件もダウンロードされているとのこと。
ここでゲストスピーカーとして株式会社アイシンの保坂氏が招き入れられ、経済産業省をはじめとする自治体、さまざまな企業で活用が進んでいること、ユーザーの声から絵や写真の表示機能が付加されたことが紹介されました。さらに野嵜から、このアプリケーションは 22 言語に対応しているという情報が加えられ、インバウンド対応にも用途を広げられる可能性が示唆されたところでセッションは終了。参加者たちは、AI 技術の現在地について理解を深められた様子を見せていました。
CTO セッション「ChatGPT を業務で活かすためのデモ集 “Prompt is all you needed”」
日本マイクロソフト株式会社
シニア クラウドソリューションアーキテクト
畠山 大有
CTO セッション後半では、日本マイクロソフト株式会社 シニア クラウドソリューションアーキテクト 畠山 大有による、生成 AI を使って日常の業務を効率化し、コミュニケーションの質を向上させる方法についての、デモンストレーションを交えた解説が行われました。畠山は、「ここでは最新の要素技術を紹介します。この上にビジネスシナリオを載せることで、社内、お客様、世の中の役に立つものができるはず」と会場に語りかけて、セッションを開始しました。
まず生成 AI の基本要素として「変換」と「抽出」の二つが紹介されました。変換の例としては、謝罪メールの改善デモンストレーションが行われます。畠山が、ChatGPT に謝罪メールの校正・改善を依頼。すると、文のトーンや内容の改善案だけでなく、より誠実で受け入れられやすい形に変えるためのアドバイスまで示されました。「この変換技術は、これから社会に出てくる学生たちはすでに身につけています。なぜなら私自身が受け持つ大学の授業で最初に紹介する要素だからです」と畠山。これから社会に出てくる AI ネイティブ世代のレベルが示唆されます。
次に抽出の例として、メールからのタスク抽出が紹介されました。畠山は、ChatGPT を用いてプロジェクト関連のメールから重要な項目を抽出し、整理するプロセスをデモ。この方法により、プロジェクトの概要、目的、スコープなどが明確にされ、抜け漏れがなくなることから、業務の効率とチーム内の認識の統一が促進されることを示します。「仕事の仕方は大きく変わりました。メールでもチャットでも音声でも、データさえ揃っていれば ChatGPT がよしなに変化し、抽出してくれる。あとは人間がどう処理するか、だけです」と畠山。すでに現場レベルでは、AI によって働き方が大きく変化しようとしている事実が伝わってきます。
さらに、プログラミングや HTML ページの作成における生成 AI の応用についてもデモンストレーションが行われました。
畠山は、音声入力によって HTML ページを生成する過程を流れるように進めてみせます。音声によって入力されたテキストは誤字脱字が目立ちますが、畠山は構う気配を見せません。画面上では ChatGPT が指示を読み込み、ほどなく HTML ファイルが生成されました。そして、できあがったファイルをブラウザで表示させると、畠山の意図に沿ったページが生成されていることがわかります。「音声認識の精度はどうでもいいんです。やりたいことだけ喋れば、あとは ChatGPT が解釈してくれる」と畠山。厳密なプログラムにしたければ人間が手を入れればいい。日常業務のアシスタントとして機能すればいい。これこそが AI の役割であることがよく理解できます。
最後に、Microsoft 365 の Copilot 機能を用いたデモンストレーションが行われました。畠山は「ポイントは、Copilot がインターネットで情報を集められること」として、Word の Copilot にプロンプトを与えることで文章が作成され、それを基に PowerPoint の Copilot によってプレゼンテーションが自動生成されるプロセスを通じて、生成 AI の業務プロセスへの応用可能性を実証していきます。
自分で情報を集めたり文章を推敲したりデザインを考えたりといった作業を経ずに、ほんの数分でプレゼンテーションができあがっていく様子を目撃した参加者たちは、AI が情報収集、文章作成、プレゼンテーションの準備といった複数の業務ステップを効率的に補助できるツールであることを強く実感できたのではないでしょうか。
「Microsoft の責任ある AI への取組み」
日本マイクロソフト株式会社
政策渉外・法務本部 業務執行役員 法務部長
弁護士・ニューヨーク州弁護士
小川 綾
日本マイクロソフト株式会社 政策渉外・法務本部 業務執行役員 法務部長弁護士・ニューヨーク州弁護士の小川 綾からは、Microsoft が取り組む AI 関連のガバナンスについての解説が行われました。
まず小川はマッキンゼー・アンド・カンパニー社のリサーチ結果を表示。72 % の顧客が企業の AI ポリシーについて透明性を求めていること、デジタルトラストを確立している企業は 10 % 以上の成長率を見られていることから、これからの社会においては、AI 技術が信頼できることと、その技術を提供する企業が信頼できることが重要であると強調します。
続いて小川は、マイクロソフトが提唱する「責任ある AI」について解説。このアプローチは 2016 年に Microsoft の CEO サティア・ナデラの表明によって始まり、2022 年には「責任ある AI」の基準が公表されています。「責任ある AI」は、公平性、信頼性、プライバシー、包摂性、透明性、説明責任という六つの原則に基づいて設計されており、17 個に細分化された具体的なゴールをどのように実現するかが規定されています。
また、二次的なカテゴリーとして、「重大な影響」「身体的または心理的傷害」「人権への脅威」の三つからなる「センシティブな利用」を設けています。ここで小川は、「利用の仕方によって重大な影響を及ぼし得るものを開発するのがダメなのではなく、センシティブな利用として追加的なルール メイキングや監督プロセスが必要になる」ことを強調します。
また、Microsoft では影響評価ガイドラインを公表しており、ステイク ホルダーに対してどのように AI を利用すべきかについての透明性を確保していることを紹介。「このトランス ペアレンシー文書は、ユーザーがシステムを理解したうえで適切に利用してもらうために有用なもの」と語ります。
小川は、こうした「責任ある AI」が製品やサービスに表れていることの例として、Azure AI Content Safety を例に挙げて解説。これは Azure が生成するコンテンツの中から有害なものを検出し、アラートを発するシステムであり、ユーザーの設定によってコンテンツのアウトプットをコントロールできます。
さらに小川は、ユーザーのルールやガイド ラインづくりの参考となる AI カスタマー コミットメントと、その延長にある、著作権の問題が生じた場合のサポートを約束する著作権コミットメントを紹介。これらの存在によって、顧客はコンテンツの使用に関する不安を和らげることができることを示します。
最後に小川は、公共政策の分野でも、Microsoft は適切な AI ガバナンスを推進するための政策提言やホワイトペーパーの発表を行い、政府や業界全体と協力していることを紹介。これによって日本を含むさまざまな地域での AI 利用のガイドラインが整備されていることを報告します。「さまざまなステイクホルダーによるアプローチにいち早く関与して、AI 全体が止まることなく、適切に責任を持った形で推進されていくようにサポートできれば」と語ってセッションを終了しました。
「Microsoft AI Co-Innovation Lab Kobe ご紹介、ラボでの取り組み紹介」
Global Head of Microsoft AI Co-Innovation Lab &
Director of AI, Data and Emerging Tech BD
山崎 隼
日本マイクロソフト株式会社
Microsoft AI Co-Innovation Lab Kobe
Engineer
太田 優
このセッションでは、本セミナーの会場となった Microsoft AI Co-Innovation Lab Kobe の活用方法について、運営担当の山崎 隼とエンジニアの太田 優による説明が行われました。
このラボは、AI、データおよび新興技術を駆使して、さまざまな業界のクライアントのユースケースの加速をサポートするために、グローバル 6 拠点に設置されています。「企業の規模や産業の違いを問わず、ヘルスケア、教育、製造業など幅広いセクターから多数の企業が参加しており、Microsoft とパートナーのエンジニア同士が直接協力し合うことで、製品の統合や活用方法に関する知見を深めています」と山崎。
山崎は、ラボの主な役割として、クライアントのアイデアを形にするためのリサーチ&デベロップメント、特にリサーチのプロセスの加速を挙げます。「この目的を達成するために、ラボではデザイン セッションとラピッド プロトタイピングという二つの主要なプログラムを提供しています」と山崎。デザインセッションは、クライアントのアイデアを基にしたアーキテクチャをつくる 2 〜 3 時間のセッション。そして、ラピッド プロトタイピングは、アーキテクチャを基に、実際のプロトタイプをつくるセッションです。全体のプロセスについては、セッションの最後に太田から解説が行われました。
セッションのなかで特に注目されたのは、Microsoft AI Co-Innovation Lab Kobe を通じて実現された協力事例の紹介です。川崎重工業社とのコラボレーション事例では、「Nyokkey」と呼ばれるモバイルロボットの開発が紹介されました。このロボットは介護や公共施設の監視など、多岐にわたる用途に利用可能です。プロジェクトの目標は、ロボットが自然な会話を行い、それに基づいた特定のアクションを実行できるようにすること。まずは会話機能から取り組み、続いてアクション機能の実装に移行するという形で、ワーク ストリームを設定した上でプロジェクトが進行しています。
ABB 社とのコラボレーション事例では、製造プロセスの効率化に焦点が当てられています。このプロジェクトでは、Vision AI とマシン ラーニングの技術を利用して、製造ライン上でのネジの位置や穴の精度を検証するソリューションが開発されています。ラインに実装することですぐに効果を得られる実践的な開発であり、労働人口の減少や技術承継といった製造業の課題に対応するプロジェクトとして、さらなる構想が膨らんでいます。
また、ソニー社との共同プロジェクトでは、スマートフォンのカメラレンズに使用されるセンサーに、小型の AI チップを搭載する技術が開発されました。このチップにより、映像がセンサーに入る瞬間にリアルタイムで AI モデルを実行し、映像や動画を保存せずに処理することが可能になります。この事例の特徴として、技術パートナーとしてアバナード社が参画している点。クライアント、Microsoft、パートナーの三者による開発も可能であることが示されました。
ここからセッションを引き継いだ太田から、具体的な利用方法についての解説が追加されました。太田によると、プロセスは 1 ) 申請、2 ) ゴール設定、3 ) 課題整理、4 ) ワークストリームの決定、5 ) 開発スケジュールの決定、6 ) 開発実施、そして振り返りという六つのステップで構成されています。
それぞれのステップについて詳細な解説が行われ、クライアントとラボのエンジニアが密接に協力して開発を進め、成果物やノウハウの引き渡しだけでなく今後のアクションプランの提案まで行われるなど、濃密なプロセスになるであろうことが伝わってきます。最後に太田から実際のアプリケーション開発のデモンストレーションが行われ、ラボの活用方法がわかりやすく示されました。
「製造業における AI 活用のこれから」
日本マイクロソフト株式会社
インダストリアル & 製造事業本部
製造ソリューション担当部長
鈴木 靖隆
最後に登壇したのは、日本マイクロソフト株式会社 インダストリアル & 製造事業本部 製造ソリューション担当部長 鈴木 靖隆。セッションを振り返りながら、改めて AI 技術の有用性をアピールしました。
まず鈴木は、Copilot 機能について、「ユーザーインターフェイスの劇的な革新」であると語ります。黎明期ではプログラミング コードを書ける人しか扱えなかったコンピュータが、Windows などの GUI(Graphical User Interface)の登場により一般人でも扱えるようになった。「そして今、Copilot と生成 AI の台頭により、自然言語を使ってより複雑な操作を実行できるようになりました」と鈴木。「Copilot は“世界中の知識”と“組織の知識”にアクセスするのに役立つ、新しい UI(窓口)になります」という言葉を引用して、ユーザーがコンピューターをより直感的に操作できる、いわば「デジタルパーソナルアシスタント」としての Copilot のインパクトを強調します。
続いて鈴木は、ガートナー・アンド・カンパニー社の AI Opportunity Rader を引用し、日常の業務の生産性を高めることにフォーカスしている「Everyday AI」はまもなく当たり前の光景になり、差別化要因ではなくなるはず。私たちは、いかに早くその段階を終えて、今まで人間ができなかった仕事を実現し、新たな価値を創造する「Game-changing AI」の領域に到達するかが大切、と力を込めて語ります。
「今の大学生は、すでにこの新しい UI を使いこなしています。私たち日本マイクロソフトとしても、できるだけ早く製造業の皆さまと Microsoft AI Co-Innovation Lab Kobe から Game-changing AI を生み出したいと考えています」と鈴木。もちろんそこに至る過程にある Everyday AI の強化から皆さまと共に歩んでいきたい、と語り、この AI セミナーをシリーズ化して開催していくことと、次回、次々回の予告を伝えてセッションを終了しました。
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