計算化学におけるイノベーションの推進
Microsoft、ETH Zurich、Pacific Northwest National Laboratory のサイエンティストたちは、Azure の規模を活用して量子化学と材料科学における研究開発プロセスを変革する新たな自動化ワークフローを最近提案しています。(英語) このサイエンティストたちは、触媒化学反応のシミュレーションのコードを最適化し、それがクラウドネイティブになるようにリファクタリングすることで、シミュレーションに要する時間を 1/30 に短縮し、コストを 1/10 に削減しました。さらに、このように高度な自動化機能により、異種混在のハードウェアとソフトウェアのパッケージで構成された複雑な Web をさまよう必要がなくなり、肥料の持続可能な生産、より環境に優しい塗料とコーティング、新たな炭素固定化手法といった新製品の開発に集中できます。
世界でもきわめて複雑で緊急性が高い課題を解決するには、化学と材料科学における大きなブレークスルーが必要です
化学合成と触媒プロセスの予測は化学における重要な取り組みですが、きわめて緊急性が高い科学的課題の一つでもあります。反応はきわめて複雑な化学空間で発生しています。実験室での実験だけでは、化学反応の包括的なメカニズムの見極めはほとんど不可能です。コンピューター シミュレーションによって、反応メカニズムを解明するための代替的で補完的な手段が得られます。しかし、これまではシミュレーションに人手を要する時間があまりに長いために、従来の環境で研究者が検討できるのは主要な少数の反応経路に限られ、多くの場合、重要な副反応は無視されていました。その原因は、反応のモデリングには化学的直感と手作業による試行錯誤が必要なうえ、考えられるすべての可能性を考慮して反応を詳しく検討すると、モデル化したシステムの正確なシミュレーションが困難になることにあります。
全面的にスケーラブルな量子マシンの構築に Azure Quantum チームが日々励む動機となったのは、このような現状があることです。量子力学は物質の性質と挙動を原子レベルで説明しているので、量子コンピューターは本質的に自然の複雑さを理解して予測できます。当社では、このビジョンに向けて前進 (英語)すると同時に、最先端の研究と Azure のハイパフォーマンス コンピューティング (HPC) の能力を活用した新しいワークフローを提供して、現在の化学と材料科学の迅速な進歩をイノベーターが実現できるように支援しています。
反応の自動精査に向けた AutoRXN の導入
AutoRXN は、Azure クラウドで HPC を使用してサイエンティストが反応ネットワークを仮想的に精査できるように設計された新しい自動化ワークフローです。このような進歩があったことから、化学反応の発見と評価をクラウド上で展開しやすくなっています。これにより、研究開発プロセスを変革し、新製品の迅速な開発を実現できるようになります。AutoRXN のワークフローを使用すると、精査の対象とする化学反応経路の数を数十から数千の構成に拡大し、従来よりも高い精度で検討できます。AutoRXN によるオーケストレーションの基盤として中心的な役割を担うのは、ETH Zurich で当社の共同研究者が開発した化学ネットワーク精査ソフトウェア Chemoton です。当社では、Azure データ センターの最新のハードウェアとネットワーク トポロジークラウドネイティブになるように、現在使用されている化学シミュレーションの適合を図っています。これにより、ワークフローのすべてのコンポーネントにわたって自律性と安定性を実現し、人手による介入を最小限に抑えます。
この自動化により、当社が最近発表した文書 (英語) で説明している研究が可能になりました。この文書では、不斉水素化触媒のメカニズムの研究にこの自動化を応用しています。AutoRXN のワークフローは、比較的低負荷の量子化学計算を精査で大量に実行し、膨大な数の高負荷な相関アブイニシオ計算で得られた結果を自動的に高精度化します。さらに、代替のシミュレーション手法による結果のバックチェック (事後調査) のようなデータの収集と評価を自動化します。その結果、高スループットなタスクに不可欠である高精度な計算化学上の計算を、前例のない短時間で整えることができるようになっています。
AutoRXN のワークフローは、多数の副反応が発生する化学反応をモデル化して把握するための新たな手段を提供します。これらの副反応を調査することで、触媒の実際の性能を知ることができます。この精査では、想定した反応メカニズムを詳しく調査し、触媒中のさまざまな原子と官能基の一般的反応性を明らかにします。この結果に基づいて触媒を改善できます。
当社では、すでに 500 以上の反応と 2,000 以上の素過程を特定し、鉄錯体触媒による不斉水素化反応の包括的な概要を明らかにしています。これは、手動による従来の反応モデリングでは望めない成果です。現在、化学者の直感では、多くの副反応や触媒劣化を捉えることはできなくなっているからです。Azure 上で最新のハードウェアによる異質性を活用することで、プロセスを大幅に高速化でき、優れたコスト効率が得られます。触媒の反応性を把握し、化学と材料科学におけるめざましい新発見に向けた研究開発を推進するうえで、シミュレーションの結果が効果を発揮します。
Azure のハイパフォーマンス コンピューティング による触媒反応の精査では、システムやインフラストラクチャを物理的に構築しなくても、ハイパースケールの化学シミュレーションと材料シミュレーションに向けた堅牢で信頼性に優れたプラットフォームが得られます。
イノベーションの推進に向けて
すべての工業製品の 96% 以上に化学が直接関与しています。1 つまり、社会に見られる高難度な問題を解決し、新たな成長を創造するために、化学と材料科学の新たな発見を達成できる機会が限りなく存在します。AutoRXN をはじめとする新たなテクノロジーと手法は、クラウド コンピューティングと計算化学の進歩から生まれています。クラウド機能と自動化のイノベーションにより、前例のないスケーラビリティとハードウェアの異種混在が可能になっています。また、産業界と学界との緊密なコラボレーションにより、クラウドに最適化したシミュレーションのコードと手法の開発が進んでいます。このようなテクノロジーにより、サイエンティストが何十年にもわたって取り組んできた困難な問題を解決できる段階まで計算化学が進歩しています。
現在のクラウドが提供するハイパースケールと将来のスケーリングされた量子マシンをイノベーターが活用して、現時点では解決不能に思える問題を解決し、技術と社会の進歩における次の動きを生み出す様子を垣間見ることは実に興味深いことです。
詳細情報
参考文献「High-throughput ab initio reaction mechanism exploration in the cloud with automated multi-reference validation」(英語) をご覧ください。
クラウドでの Azure によるハイパフォーマンス コンピューティングの利点をご覧ください。
共同イノベーションの機会については、QuantumInnovation[@]microsoft.com までお問い合わせください。
1 出典:https://www.americanchemistry.com/chemistry-in-america/news-trends/press-release/2021/us-specialty-chemical-markets-start-third-quarter-on-a-strong-note