デジタル ツインの進化: シミュレーションベースの デジタル ツインへの道のり
※本ブログは、米国時間 2019 年 12 月 16 日に公開された Digital twin evolution: The path to simulation-based twins の翻訳です。
想像してみてください。もし御社がリモートで資産を展開するメーカーだったら、と。たとえば、航空機メーカーや衛星通信事業者などがそうです。そして、気象データを監視して収集するための IoT 対応衛星を打ち上げたばかりだとしましょう。衛星のセンサーからデータを受信し始めたものの、いまひとつ期待していたものではありません。
アプローチ、ロジック、あるいはパラメーターを変更する必要がありますが、衛星は既に宇宙空間にあるので手遅れです。
基本的な設計シミュレーション モデルは実行しましたが、シミュレーションを行った特定の物理シナリオで発生する “可能性がある” ことしかわかりません。仮想環境や物理環境が、部品の強度や、流体の流れ、電磁場の衝突といった複数の物理的次元とかかわる場合に、現実世界でその設計がどう作用するかわからない場合があるからです。その結果、リモート システムの動作をリアルタイムで再設計または構成する必要が生じることもあり得ます。
資産に関するテレメトリを収集するために、IoT センサーを配置している場合もあるでしょう。しかし、IoT の最初の信号を受け取る前に、影響因子をまとめておく必要があります。影響因子として考えられるのは、デバイスをめぐる外部環境因子や負荷条件などです。因果関係や、それらの因子がどのようにデバイスとかかわり、デバイスが稼働する実際の環境でどう作用するかを理解できなければなりません。
メーカーでは、初めて製品を製造する “前” であっても、この手の検証が必要になることは日常茶飯事です。また、シリアル化された形で資産の動作とパフォーマンスを監視して、資産を利用し続けながらリアルタイムで変更を加えることができる必要もあります。ここで、ソフトウェアの更新によって、Tesla が車両のブレーキ性能を更新した例 (英語) を思い出してください。
考え方は気に入ったけれど、自社を取り巻く環境で実践することは難しい、あるいは不可能だと思われたでしょうか。
その解決策となり得るのが、“シミュレーションベースのデジタル ツイン” です。これは次に来る大きなイノベーションとなるでしょう。現在開発が進められているマルチフィジックス (複数の物理現象) ベースのシミュレーション機能によってもたらされる未来の製造の姿です。分析用のデジタル ツインが登場してしばらく経つとはいえ、製品の設計が本質的によりカスタマイズされた、独創的で、複雑なものになるにつれ、実際に製造を変革しつつあるのは、デジタル ツインの作成につながるこのシミュレーションベース モデルの進化だといえます。
このブログ シリーズでは、デジタル ツイン機能の現状と、我々がいかにその未来の姿へと到達するのかを見ていきたいと思います。
デジタル ツインをめぐる状況の発展
一歩引いて見ると、この 10 年でデジタル ツインが急速に進化したことがわかります。1980 年代では、紙の設計図の CAD モデルを保有することが、その紙の設計図のデジタル ツインだと見なされていました。その後、コンピューティング能力が向上すると、エンジニアらはそれらのデジタル設計図を操作するためにシミュレーション技術を利用しようとしました。長年、デジタル ツインの作成といえば、“設計製品のデジタル ツイン” だけを中心としたもので、とりわけ特定の設備のライフサイクルを最適化することに関するものでした。次に、“プロセスのデジタル ツイン” へと移行したことで、複数のデジタル ツイン モデルを扱うことが可能になりました。これは、たとえば製造プロセス全体を最適化して、複数の資産や生産プロセスをすべて連携させる場合などに役立ちます。さらにこれらのデジタル ツイン モデルを操作できる機能は、複合現実や、Microsoft HoloLens などのツールを採用することで進化し始めました。このイノベーションの初期リーダーには、Rolls-Royce (英語)、Schneider Electric (英語)、Tetra Pak (英語)、Unilever (英語) などの企業が挙げられます。
現在では、デジタル ツインによるデジタル表現の可能性がより一層劇的に進化しました。製品やプロセスを超えて、さまざまな種類のデジタル ツインが利用されるようになっています。
それではいくつかその例を見てみましょう。
“サプライ チェーンのデジタル ツイン” は、バリュー チェーン全体で組織の境界を越え、複数のサプライヤーや組織とのコラボレーション シナリオを実現しています。最もわかりやすい例の 1 つは、マイクロソフトのハードウェア デバイス サプライ チェーンです。マイクロソフトは、業界屈指のインテリジェントなサプライ チェーンを展開しています。当社が開発した追跡およびトレース機能により、世界中のどの場所でも、輸送方法を問わず、あらゆる倉庫やお客様拠点に向かって移動中のすべての輸送コンテナーに常時接続できるようになりました。このようなサプライ チェーンにおける移動中の部品のデジタル ツインによって、世界中の当社製品に対するかつてない可視性とトレーサビリティを実現したことで、予定どおりに納品することが可能になり、運転資本とコストの節約において数億ドル規模の削減効果が出ています。
次は、“IoT および分析のモデル作成シナリオ” です。IoT のデジタル ツインによって、実際の資産に搭載されたセンサーから、テレメトリ、知識、および運用に関するフィードバックを取得します。それに対して分析を行うことで、資産の使用状況や可用性、パフォーマンスといったことに関する洞察が得られます。その反面、この種のデジタル ツインには、資産内で実際に生じるテレメトリから洞察を導く傾向があるという課題が挙げられます。つまり、本質的に、導かれる洞察は事後対応的なものになるということです。分析、あるいは設計やエンジニアリングの観点から見れば、そのような洞察でも役に立つ可能性がありますが、失敗が許されない航空宇宙における飛行やエンジンの監視など、リアルタイムの監視が必要となる特定のユース ケースでは問題が生じる恐れがあります。そのため、統計的手法を用いると共に、センサーからの時系列データを利用して、今後の資産の正常性を予測する予測分析に関して、業界での関心が非常に高まっています。
ライフサイクル全体でのデジタル スレッドによるトレーサビリティ
一般に “構成のデジタル ツイン” と呼ばれる別のクラスのデジタル ツインでは、資産の部品表 (BOM) をそのライフサイクル (概念化と設計から、製造、販売、保守、さらには廃棄に至るまで) 全体を通して管理します。通常、CAD 設計モデルで生成されるのは、”設計時” の BOM です。製造後は、一般にその特定の資産の “製造時” の BOM 情報がシリアル化される必要があります。最終的に、資産が構成され、エンド ユーザーに販売されて、メンテナンスが行われると、”販売時” や “メンテナンス時” の BOM と一般に呼ばれる別のバージョンの BOM が存在することも考えられます。これらの BOM には、資産の機械的なコンポーネントだけでなく、電気部品や電子部品、さらにはその他のハードウェア、ソフトウェア、ファームウェアのバージョン管理用情報も含まれる必要があります。
複雑さに拍車をかけるのは、その資産のライフサイクルを通して、資産から生成されるデータが、OEM、オペレーター、顧客など、複数の組織によって所有される可能性があるという点です。その資産のライフサイクル全体で完全なトレーサビリティを実現する上で、そのようなデータを、すべてのコンポーネントやファームウェアに至るまで最も詳細なレベルで追跡し、製品のライフサイクルにおける起源と変遷をトレースできるようなデジタルモデルとフレームワークで保管することが重要になります。
そこで “デジタル スレッド” の出番です。デジタル スレッドによって、製品とそのデジタル資産を、そのさまざまな段階および変遷を通じてシリアル番号に至るまで追跡できる、完全なライフサイクル トレーサビリティを実現できます。これは、車両識別番号 (VIN) で資産が追跡される自動車業界や、航空機の機体番号によってシリアル化される航空宇宙業界など、特定の業界においてとりわけ重要になります。どの資産もこのような非常に詳細なレベルで追跡できるようになったことで、メーカーは、資産の構成、ソフトウェアやファームウェアのバージョン管理、無線でのソフトウェアの更新をはじめ、多くのことを管理できるようになりました。
当社の優れたパートナーである Aras は、資産のライフサイクル全体でデジタル ツインの構成をこのような情報レベルで管理できる機能を提供することにより、デジタル スレッドの完全なトレーサビリティを実現しています。「製造現場や工場から戻されるデータを解釈して、対処するには、関連するレビジョンからの以前の情報に対するトレーサビリティが必要になることがよくありますが、それはデジタル スレッドと呼ばれます」と、Aras の戦略担当 SVP である Marc Lind 氏は指摘します。「ライフサイクルを遡ったデジタル ツインの構成からのデジタル スレッドのトレーサビリティは、機械学習を含む多くの IoT 対応製品のシナリオにとって必須の基盤といえます。」
Azure Digital Twins: IoT イノベーションの新たな波
マイクロソフトでは、デジタル ツインによって収集および分析可能な運用データの次元性を利用して、このようなデジタル ツインのサポートに取り組んでいます。そのための手段となるのが、Azure Digital Twins プラットフォームです。この素晴らしいブレークスルーによって、メーカーは、人、および人を結び付ける場所、事象、関係など、あらゆる物理環境の包括的なデジタル モデルを作成して、追跡、最適化、シミュレーション、および未来の予測を行うことができます。
その結果、運用、効率、生産性の向上など、その効果は数え切れません。
また、マイクロソフトは、Azure IoT Edge と Azure IoT Hub を利用してクラウドと工場のネットワークを接続するためのマイクロサービスで構成された、OPC Twin フレームワークもサポートしています。OPC Twin は、REST API によって産業用デバイスの検出、登録、リモート制御を実現するものです。コネクテッド ファクトリ ソリューション アクセラレータでお試しいただけます。詳細については、マイクロソフトの Erich Barnstedt がお届けするビデオ (英語) をご覧ください。
マーケットメーカーである thyssenkrupp Elevator (英語) は、Willow と提携して、ドイツのロットヴァイルにある自社の革新的なテスト タワーのデジタル化された仮想モデル (Willow Twin) を構築することで、ビルのメンテナンス方法を変革し、テナントとビジターのエクスペリエンスを向上させています。Willow Twin は、Azure Digital Twins プラットフォームをはじめとするさまざまな Azure サービスを利用しており、Microsoft Azure に基づいて構築されています。
Microsoft Partner of the Year Awardを 6 回受賞した ICONICS (英語) は、Azure Digital Twins プラットフォームを使って目覚ましい取り組みを進めています。同社が構築した新しい複合現実レイヤーでは、Azure Digital Twins を拡張して、物理環境内で複合現実と人間同士の対話を結び付けました。
未来のデジタル ツインはシミュレーションベースに
しかし、近い将来最も楽しみなデジタル ツイン イノベーションといえば、“マルチフィジックスベースのシミュレーション” を利用する最新クラスのビジネス ツインです。このイノベーションによって、資産を製造する前にそのデジタル ツインを作成できるようになるので、さまざまなマルチフィジックス モデルを試すことが可能になります。これらのモデルを共通の分類法を用いて統合し、Microsoft Azure HPC のようなハイパフォーマンス コンピューティング プラットフォームよってシミュレーションを行うこともできるかもしれません。そうすれば、多様な what-if シナリオに対する答えを生み出せるようになるでしょう。これにより、航空機やマシンなど、製品を初めてリリースする “前” に、物理的なプロトタイプの作成に先立って資産のパフォーマンスを具体的な条件下でテストし、評価することが可能になります。これらの機能を利用することによって、物理的にプロトタイプを作成する必要性や、テスト (衝突試験などの破壊的手法を含む) に関連するコスト、製品の概念からリリースまでにかかる時間が大幅に低減されます。
まさに画期的です。
ANSYS は、マルチフィジックス シミュレーションの世界における業界のリーダーであり、この領域で重要な取り組みを進めています。マイクロソフトは同社と連携し (英語)、Azure プラットフォームのパフォーマンス、スケーラビリティ、およびセキュリティを利用して、ANSYS Twin Builder ツールによるデジタル ツイン機能の拡張を目指すことになりました。
マイクロソフトの Tony Shakib が、シミュレーションによってデジタル ツインの効果がいかに高まるかをまとめ、当社と ANSYS との連携についてより詳細に紹介した包括的なブログ記事 (英語) を執筆したばかりですので、ぜひご覧ください。
次回のブログ記事では、シミュレーションベースのデジタル ツインによって、いかにメーカーが新たな洞察を得て、資産の生産と運用を最適化し、収益を増加させ、HPC の力を活かしてさらに短期間で競争に勝つことができるようになるかについて、より深く掘り下げていきます。