医療情報連携を加速する Azure API for FHIR
マイクロソフトは、医療業界が抱えるさまざまな課題の解決をご支援するクラウド ソリューション、Microsoft Cloud for Healthcare をご提供しております。医療機関様の課題解決や、パートナー企業様のサービス構築に際して、この Microsoft Cloud for Healthcare をどのようにご活用いただけるのか、技術的な視点も含めて定期的にレポートしてまいります。
第 1 回となる本稿では、HL7 FHIR の Web API やデータ ストアをフルマネージド サービスとしてご提供している Azure API for FHIR をご紹介いたします。
日本マイクロソフト株式会社 医療・製薬営業統括本部
北原 大毅
1 はじめに
近年、電子カルテに代表される病院情報システム (HIS:Hospital Information System) の医療機関への導入が進んだことによって、多くの診療情報や検査記録が電子データとして保管されるようになりました。しかし、医療機関の外でその診療情報を活用したいといった需要には十分に対応できていません。また医療機関内においても、患者情報の俯瞰や、システムを跨いだデータ利用の場面では、診療情報を活用しきれていない現状があります。本稿では、医療機関間、そして医療機関内のシステム間においてのデータ交換をより容易に実現する HL7 FHIR と、マイクロソフトの FHIR マネージドサービスである Azure API for FHIR をご紹介いたします。
2 医療情報利活用の現状
現在の地域医療連携システムは、医療機関が持つ診療データを外部の関係医療機関から Web として閲覧できるようにする方式が一般的です。しかし、この方式では、地域連携パスで複数の医療機関に診療データが保存される際の一覧性が低く、また小児期の診療記録を成人後に参照したいといった要件には対応できていません。
医療機関内でも、業務効率化、臨床研究、病院の経営分析などを目的とした診療データの利活用ニーズは少なくないかと思います。しかし実際には、パッケージシステムのデータベース構造を開示しないベンダーも多く、特定の部門システムからのデータ抽出ひとつとっても、各システムベンダーの担当者に依頼しないと実現できません。医療機関がベンダーの力を借りずに診療データの参照する方法としては DWH が一般的で、BI ツール等でデータの利活用を進める医療機関も増えてきていますが、多くの DWH は最新の情報が反映されるまでにはタイムラグがあるため、診療での参照には不向きです。
3 HL7 FHIR
上記のような医療機関内外での医療情報共有の課題に対し、期待されているのが HL7 FHIR です。FHIR 規格の詳細は他に譲りますが、ここでは FHIR の「開発容易性」「拡張性」の 2 つについて簡単にご説明いたします。
開発容易性
FHIR は、比較的容易にアプリケーション構築できる RESTful API を採用しました。FHIR で交換されるコンテンツはすべて「リソース」として定義されますが、RESTful API が採用されたことにより、このリソースを一意に URI として指定することができます。また、リソースに対する操作は GET/POST/PUT/DELETE という HTTP メソッドが利用でき、かつサーバーがクライアントのセッション情報を保持しないステートレスな通信となっています。他にも、JSON や XML といったフォーマットが採用されるなど汎用技術が採用されることによって、従来の規格と比較して開発が容易であり、コスト低減や開発の短期化が期待できるでしょう。
拡張性
FHIR は、標準規格として 80% を決め、特定の国や地域また案件毎の多様性が必要な 20% は拡張規格として対応する、という方針で仕様策定されています。この「80% ルール」により、個々のリソースに対して要素の拡張や制約の追加や、前提とするコード体系の指定、また検索パラメータを規定することも可能です。これにより、特定の国のユースケースや実際に使用される現場の要求に合わせたローカライズに対応しています。
4 Azure API for FHIR
この FHIR を、マイクロソフトがクラウドサービスとして提供するのが、Azure API for FHIR です。Azure API for FHIR は、FHIR フォーマットでデータのアクセス・保存することができる、エンタープライズグレードの Platform as a Service (PaaS) で、Azure の東日本リージョンには 2020 年 9 月に配置されました。
Azure API for FHIR は、以下のような機能・特徴を持つサービスです。
- Azure Portal への簡単な操作により数分でプロビジョニングが可能な、フルマネージドサービスです。
- Webアプリやモバイルアプリを実装するための SMART on FHIR に対応しています。
- ロールベースのアクセスコントロールにより、大規模かつきめ細かなアクセス権を管理することができます。使用環境に合わせて作成したロール定義に基づいて、保管されているデータセットに誰がアクセスできるかを設定することにより、セキュリティの強化と管理作業の軽減を実現します。
- 監査ログにより、各データストアへのアクセス、作成、変更、読み取りを追跡します。
上記のような機能を持つ API とデータストアにより、FHIR API に対応するあらゆるシステムとの安全に通信することができます。Azure API for FHIR はフルマネージドサービスとして、運用、保守、更新、コンプライアンス要件等への対応はクラウド事業者であるマイクロソフトが管理するため、開発やその他システムの運用に注力いただけます。
Azure API for FHIR を利用するシステム構成
Azure API for FHIR は、Web API とデータストアなので、他のサービスやアプリケーションと組み合わせて利用する必要があります。下図は、Azure API for FHIR を中心とした医療情報活用のデータフローを、Azure の機能で配置したサンプルのシステム構成です。
電子カルテなどの既存の医療システムや様々な医療デバイスで生成された情報、また研究用のデータセットを、適宜ファイルフォーマットやターミノロジーをコンバージョンしながら (INGEST/ENRICH) 、Azure API for FHIR に保管します (PERSIST) 。データ分析をする場合には、REST API は適切ではないため Data Lake に取り込んだ上で分析することが考えられるでしょう (QUERY/ANALYTICS) 。また、学習済み AI モデルを使って、新しいサービスを創出することも可能です (INTELLIGENCE) 。
これらの一連のフローは、Azure が提供する多層構造のセキュリティ、Azure AD 認証、監査ログによる監視の下で、安全に処理できます。
FHIR Server for Azure
マイクロソフトは、Azure API for FHIR に加えて、FHIR Server for Azure としても FHIR API を提供しています。Azure API for FHIR は、前述の通り PaaS として Azure 上で簡単にプロビジョニングできるフルマネージドサービスですが、FHIR Server for Azure は Azure 上にデプロイするオープンソース・プロジェクトで、GitHub (英語) から入手可能です。
FHIR サーバーの拡張やカスタマイズが必要な場合や、FHIR API を介さずにデータベースなどの基本的なサービスにアクセスする必要がある場合は、オープンソースの FHIR Server for Azure の選択をご検討ください。FHIR API を通してのみデータにアクセスし、すぐに使用可能なサービスを使って開発を行う場合は、Azure API for FHIR が有効な選択肢となります。
AzureAPI for FHIR 活用事例 (Northwell Health)
ニューヨーク市にある統合医療提供ネットワークの Northwell Health は、Azure API for FHIR を使用して、Teams のチャットボット拡張機能として NORA を開発しました。NORA を使うと、医師は Teams のチャットを使って患者情報を素早く入手することができます。患者さんの名前を入力すると、その患者さんのすべての検査結果が表示され、また NORA で確認したその検査結果等を他の医師に転送して専門家に意見を求めることも可能です。NORA には通知機能があるので医師は検査結果が出たときにアラートを設定することもでき、リアルタイムで知りたい情報にアクセスすることができるようになったのです。NORA は、医師の仕事を減らし、実際に医療の安全性を向上させることができました。
この NORA は、チャットボットや言語処理の専門知識を持たない少人数のチームで開発されています。この際、Azure API for FHIR をはじめとする既存技術を利用したため、数か月で完成させることができました。NORA によって、医師が病室の外でコンピュータを操作する時間を減らし、患者さんやそのご家族と会話する時間を増やすことに貢献しています
5. 医療情報の利活用に向けて
今後、日本の電子カルテや部門システムでも、FHIR API に対応したものが少しずつ増えてくるでしょう。開発が簡易な FHIR API を利用することにより、診療現場のニーズに対して、ベンダーに頼らずに応え易くなります。しかし、IT 知識だけでなく医療機関内の運用や部門業務を理解した上で、診療現場のニーズに応えられる人材は希少です。当然そのような開発を担える人材を確保・育成することも重要ですが、そういった貴重な人材を日常のシステム運用に追われないようにするために、医療系システムでもクラウドサービスの利用を進め、また開発の際にはノーコード・ローコードツール、そして Azure API for FHIR のようなフルマネージドサービスを積極的に活用することも、医療情報利活用の要諦となってくるのではないでしょうか。
マイクロソフトは、テクノロジーを通じて医療機関の日常運用業務そして開発業務を支援し、医療安全と医療の質の向上、ひいては日本の医療制度のサステナビリティ向上に貢献してまいります。