現場の声を未来につなげる農業支援 IoT ソリューション-株式会社セラクの「みどりクラウド」
2021 年 4 月、農林水産省の「令和 2 年度第 3 次補正予算 国際競争力強化技術開発プロジェクト」に、株式会社セラク、株式会社ウェザーニュース、株式会社 R&C ホールディングス、ドローン・ジャパン株式会社の 4 社が設立した青果流通支援プロジェクト「データ駆動流通支援コンソーシアム」が採択されました。
これは、各社が集めたデータを分析して、青果の出荷量予測モデルの構築に取り組むプロジェクトであり、その一翼を担うのが、株式会社セラクが Microsoft Azure を基盤に開発した農業支援 IoT ソリューション「みどりクラウド」です。
本稿では、株式会社セラクの持田宏平氏に、農業をはじめとする日本の一次産業が抱える課題と、その解決を目指す同社の IT ソリューションについて話をお聞きしました。
株式会社セラク
デジタルトランスフォーメーション本部
みどりクラウド事業部
持田 宏平 氏
株式会社セラク
1987 年設立。IT インフラやクラウドテクノロジーを扱う SI (システムインテグレーション) 事業と、IoT ソリューションや AI といった先進技術を扱う DX (デジタルトランスフォーメーション) 事業を柱とした、総合 IT ソリューション企業。技術者教育にも力を入れており、約 2,500 名の従業員のほとんどが IT 技術者。2017 年に東証一部上場。
農業をより安定的で生産性の高い産業に進化させる「みどりクラウド」
-「みどりクラウド」の概要についてお聞かせください。
持田:「みどりクラウド」は、当社の持つ IoT 技術を農業に活用することにより、生産や流通の現場のデータを計測・記録して、わかりやすく可視化し、さらに比較・分析を行う農業支援 IoT ソリューションです。農業の自動化や生産技術の向上、経営リスクの回避、人材育成などに役立てることを目的としています。
日本の農業の現場では、いまだに勘や経験に頼る部分が大きく、生産や流通のコストが高いといった課題を抱えています。また少子高齢化に伴う農業従事者の減少や高齢化の問題も深刻です。一方、海外に目を向けると、オランダは、九州と同じくらいの面積にも関わらず、世界で 2 番目の農業輸出国です。地理的な要因もありますが、データの活用によって徹底的に生産効率を高める先進的な取り組みが、農業の輸出産業化に大きく貢献していると言われています。私たちは「みどりクラウド」を全国に広めることで、日本の農業が抱える課題の解決に貢献し、農業をはじめとする一次産業を、より安定的で生産性の高い産業にするお手伝いができると考えています。
-さまざまな IT ソリューションを展開する貴社が、農業 IT に注力する理由をお聞かせください。
持田: 当社は経営理念に「世の為 人の為に、貢献する」という言葉を掲げており、お客さまと社会への貢献に大きな価値を置いています。10 年以上前から環境問題に関する Web サイトを運営するなど、地域や社会の課題を IT の力で解決することにフォーカスし続けてきた社風を背景にして、近年、農業と IT の相性のよさに着目するとともに、農業の課題を解決することは社会貢献として大きな価値があるはず、と考えて取り組みを進めてきたわけです。
そのような環境から生まれた「みどりクラウド」は、おかげさまで現場の皆さまからの評判もよく、2015 年のリリース以来出荷実績を重ね、現在は日本全国すべての都道府県で、2,500 か所以上の生産現場に導入されています。これは農業 IT サービスとしては異例の数字で、大ヒット商品と言えると思います。
-「みどりクラウド」がたくさんの方に支持されている理由はなんだと思われますか?
持田: UX (ユーザーエクスペリエンス) にはこだわっています。IoT というと複雑な機材やシステムの理解が必要になると思われがちですが、「みどりクラウド」は、コンセントに電源を挿すだけで、すぐに手元のアプリからモニタリングできるように設計されおり、アプリのインターフェースも見やすさ、使いやすさが重視されています。またリリース当初は高齢のお客さまのご要望に合わせてフィーチャーフォン用のサイトを作るなど、ユーザー目線での開発姿勢は常に意識しています。
もうひとつ、ツールを納めて終わりということではなく、導入支援や導入後のコンサルティングに力を入れている点も私たちの強みだと思います。最近の事例で言うと、島根県さまと一緒に取り組んでいる「みどりクラウド」を用いた新規就農者支援プロジェクトを進めるなかで「コロナ禍で県の普及員がなかなか現地に直接指導に行けない」という相談をいただいたことから、遠隔で「みどりクラウド」の運用を指導できる体制の構築を支援させていただきました。
DX の強力な推力となるコラボレーション
-そんな「みどりクラウド」を擁するプロジェクトが「令和 2 年度第 3 次補正予算 国際競争力強化技術開発プロジェクト」に採択された意義についてどのようにお考えですか?
持田: 野菜は工業製品とは違い、気象などの影響を受けることによる生産量の増減があります。これまでは、生産者も事業流通者も、主に勘や経験で出荷量をコントロールしていました。それでは安定性は保てませんから、価格を安定させるためには歩留まりを考えて多めに作付けする必要があります。必然的に生産性は下がりますし、経営リスクも高くなってしまいます。
また、これまでは自分の畑だけを見て出荷量を決めるアプローチが一般的でしたが、より正確な出荷量を推測するためには、産地全体の状況を見ないと、あまり有効とは言えません。ですから、産地全体のマクロなデータを集めて分析することで作況を予測して出荷量を計算できるようにすることを、今回のプロジェクトの骨子にしています。
このプロジェクトでは 4 社がコラボレーションしています。当社は IT に関しては専門家ですが、それを農業あるいは食品ビジネス全体にどのように活用していくかは、その業界内のプレイヤーの皆さんから情報やデータをいただかなければ判断することができません。気象会社であるウェザーニュースさま、大手青果流通業者の R&C ホールディングスさま、ドローン技術のトップランナーであるドローン・ジャパンさまとコンソーシアムを組んでプロジェクトを進めることで、ひとつの会社やひとつの畑ではなく、農業という業界全体の DX を実現するための改革に取り組むことができる。ここに大きな意義があると思います。
-「みどりクラウド」は Microsoft Azure をプラットフォームとして利用されています。
持田: 開発を始めた当初はオンプレミス環境で運用していたのですが、商用リリースに際して、「みどりクラウド」の特徴のひとつでもある生産現場の写真データが膨大に集まってくる事態に備えて、パブリッククラウドを使う必要が出てきました。他社のサービスも検討したのですが、Microsoft から手厚くサポートを受けられる安心感から、Azure を選びました。最初はIaaS環境で運用していましたが、サービスを拡充するなかで、Azure の IoT Suite を組み込めばコストをあまりかけずに機能を拡張できるようになるだろうという考えから、PaaS ベースの構成に変更して今に至っています。
Microsoft にはさまざまな面でサポートしていただけていることと、PaaS の進化が早いので、新しいことをやりたいとき、すぐに対応するパスが見つかること。それから、保守コストの低さとトラブルなく運営できる安定性もありがたいですね。農業は刻一刻と変わる状況に対応しなければいけないので、リアルタイムにデータが得られることや、問題が起きたとき警報機能が健全に運用されることが大切なんです。そういう意味でも、オンプレミスや IaaS ではなく、PaaS での運用はこのサービスと非常に相性がいいと感じています。
※関連記事:「農業支援 IoT ソリューション「みどりクラウド」の安定的な規模拡大を、Microsoft Azureによってもたらす」
現場の人々が農業の未来を思い描ける商品やサービスを
-今後はどのような取り組みを進める予定ですか?
持田: 当社では、2020 年から「農林水産ソリューション」という事業を展開しています。これはもともとパッケージとして提供していた「みどりクラウド」と畜産向けの「ファームクラウド」をカスタマイズして、お客さまの個別課題に合わせて納品するという取り組みです。このサービスを使えば、お客さまがすでに所有している機械を IoT 化したり、お客さま独自の BI ツールやそれに紐づいた生産管理ツールなどをご提供したりできるようになります。
このサービスの展開によって、「みどりクラウド」「ファームクラウド」を核にした連携サービス群がどんどん広がっています。今後は農業や畜産の業務フロー全体をフォローできるようなサービス群に育てていくことと、水産業までサービスを拡張することも考えています。さらに、AI や機械学習も積極的に活用して、蓄積したデータを分析し、お客さまごとに対応できるような仕組みづくりにつなげていければと思っています。さらに言えば、当社はもともとシステムインテグレーターですから、一次産業に限らず、ご要望に合わせてさまざまな産業、さまざまな業種に役立つソリューションとして展開していくことも可能だと考えています。
農業は、これまで比較的勘と経験に頼ったビジネスでした。経営者の感覚を持って臨む人材もまだまだ少ないのが現状です。ですがこれからは、間違いなく経営感覚が必要になり、データ駆動型の産業に進化していくはずです。そんな時代を迎えるにあたり、当社の「みどりクラウド」が、不可欠なサービスとして皆さまの役に立つことを願っています。
-Microsoft Azure 技術者の育成も積極的に進めていただいています。
持田: はい。2020 年からマイクロソフトが提供する「クラウド & AI 人材育成プログラム」を活用して、Microsoft Azure の技術者 200 名の育成を目標に取り組みを進めています。2021 年 5 月末には、その目標を上回る 280 名の育成を達成しました。
教育は当社のコア事業だと考えています。まだ小規模な会社だった頃から、経験がなくても当社に入社して技術を習得していただき、現場で活躍できるエンジニアとして育成する取り組みを続け、いまや当社の従業員は約 2,500 名。そのほとんどが IT エンジニアです。今後もさらに IT 人材の育成を加速して、社会の DX 推進を支えてまいります。
-DX の旗を振っても、なかなか現場まで声が届かないという話をよく聞きますが、「みどりクラウド」は現場に近いツールとして、大きな可能性を秘めていると感じました。
持田: ありがとうございます。残念ながら農業の現場においても、DX が絵に描いた餅になってしまう事例がないとは言えません。理想を追いかけるのは大切なことですが、IT と現場の感覚との間には、まだまだ距離があるとも感じます。ですから、当社の役割はこの距離を埋めていくことだと考えています。たとえば自治体や行政と生産者の間に入って、双方の話を聞きながら DX を進めていく、コンサル的な立ち位置として頼っていただけたら嬉しいですね。
これからも、現場の方や生産者の方が農業や一次産業の未来に関心を持って、IT で実現できることを具体的に思い描けるような商品やサービスを提案していきたいと思います。
-ありがとうございました。