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業界

米国国防総省が 400 万人に展開するオフィス業務クラウドサービス

ヘリコプターに銃を携行して乗り込む兵士

コロナウィルスの感染拡大は防衛組織の IT 利用にも大きな影響を与えました。世界最大級の人員を抱える米国国防総省においても業務のあり方に大きな変容を余儀なくされ、400 万人を超えるユーザーがリモートで業務遂行できる環境を短期間で整備する必要に迫られました。

この緊急事態に対処する上ではクラウドサービスが大きな役割を果たしましたが、これを導入する判断が下された背景には、Defense Enterprise Office Solution (DEOS) と呼ばれる国防総省共通にオフィス業務環境を刷新するクラウド導入プログラムの準備がコロナ以前から進められていた経緯がありました。

ここでは、国防総省によるこれまでの取り組みの経緯と今後の展開予定について紹介していきます。

1. コロナ以前から準備が進められていた DEOS プログラム

米国国防総省は、2018 年にクラウド利用の指針を示した戦略文書「Cloud Strategy」を発表し、その中で省全体を横断した “エンタープライズ・クラウド” の構築を進めることが示されました。
エンタープライズ・クラウドには “汎用 (General Purpose) クラウド” と “特定用途向け (Fit For Purpose) クラウド” の 2 種類が定義されており、DEOS プログラムは後者の “特定用途向けクラウド” として、クラウド戦略文書の発表と同時期に具体的な導入に向けた検討が開始されました。
DEOS が対象にしているのは、いわゆるオフィス業務アプリケーションやコラボレーションツールなどの領域です。国防総省には傘下に陸海空の各軍種や方面軍組織、近年拡大しているサイバーや宇宙などの新組織を含め、きわめて多数の部門が存在しています。従来は各々の組織がそれぞれの判断で文書作成やファイル共有などのオフィス業務を支援する IT 投資を行っていましたが、その結果、組織間での情報連携が複雑化し、統合運用の強化を必要とする現在の課題に対処することが困難になっていました。この問題を解決する目的でスタートしたのが DEOS プログラムです。

2019 年から 2020 年にかけて調達のプロセスが進められ、その結果 General Dynamics Information Technology (GDIT) 社が実施企業として選定されました。10 年の期間で契約金額は 44 億米ドル。提供されるクラウドサービスのプラットフォームには Microsoft 365 が選択されており、DEOS は関係者の間で別名 “DoD 365” とも呼ばれています。

DEOS が提供予定のサービスは主に次の通りです。

  • ワードプロセッサー、スプレッドシート、プレゼンテーション、データベース管理、プロジェクト管理などの生産性向上ツール
  • 電子メール、カレンダー、コンタクト情報などのメッセージ機能
  • ファイル共有、情報検索、ワークフローなどの管理機能
  • インスタントメッセージ、グループチャット、Web 会議、ホワイトボード、デスクトップ共有などのコラボレーション機能

2. コロナ下で 400 万人超に緊急展開された CVR

DEOS プログラムの準備が進む中で、予定外の事態が発生しました。コロナウィルスの感染拡大です。国防総省のスタッフもリモートワークを余儀なくされたことから、遠隔で十分なコミュニケーションが取れる環境を緊急に整備する必要が生じました。その際の要件は以下のように整理されています。

  • “Stay-Home” と “Social Distance” を実現するための、「オフィスの外で働く新しい方法」を可能にすること
  • そのための以下のアーキテクチャ・チェンジ
    • 柔軟なコラボレーション機能
    • より堅牢なネットワーク
    • ゼロトラストのような新しい原則の実装
  • イノベーションを実現するための 3 つの指令
    • 労働力の保護
    • 任務の継続
    • 政府全体の対応のサポート

DEOS が予定していた利用形態は、各組織が定める従来通りの勤務場所で、国防総省が支給した PC や携帯端末を使用するという要件でした。しかし、コロナ下で全スタッフがリモートで利用できる環境を迅速に実現させるためには、個人所有の機器でもアクセスできるサービスを提供する必要がありました。

そこで国防総省が選択したのは、Microsoft Teams を主体とした Office 365 の機能を組み合わせたクラウドサービスを活用することでした。この緊急展開された環境は Commercial Virtual Remote (CVR) と呼ばれています。国防総省 CIO 配下のプログラムオフィスが、全組織の 400 万人を超えるユーザーを対象としたロールアウトを不眠不休で行いました。

CVR は扱える機密区分が Unclassified の情報までという限定がありますが、サービス機能の面では DEOS を先取りしたものとなりました。電子メールは従来使われてきた Outlook などを継続するため CVR の対象になっていませんが、Teams を通してリモートアクセスの手段が整備された点などは、むしろ DEOS が予定していた範囲を超えるものとなっています。

3. 2021 年は DEOS の運用が開始

一方、DEOS の導入準備もコロナ下で並行して進められてきました。2021 年 1 月には一部のユーザーを対象とした移行作業が開始され、同年夏までに Unclassified のネットワーク上での機能については全ユーザーの移行が完了する予定となっています。その後、更に機密レベルの高いネットワークへの対応が順次進められていく予定です。

既に陸海空軍の各組織では、CVR で提供された Teams のアカウントを、機密区分 “Impact Level 5 (IL5)” まで扱うことのできる新しい Teams アカウントに移行する作業が始まっています。
CVR ではユーザーの個人所有のデバイスから Teams にアクセスすることが許されていますが、IL5 を扱える新たな Teams アカウントは国防総省の Common Access Card というスマートカードによる認証が必要であり、個人所有デバイスからはアクセスできません。

今後リモートワークが解消されていくことにより、職場に設置された端末からのアクセスを前提とした DEOS の環境による業務形態に落ち着いていくことが想定されているものと見られています。