Microsoft Azure を基盤に LINE アプリ上で AI チャットボットサービスを展開! 六甲山上を先端技術の実装空間に、産官学民で取組む『Be Smart KOBE』プロジェクト
豊かで美しい自然が広がる六甲山上を、新たな働き方を実現するビジネス空間とする「六甲山上スマートシティ構想」。神戸市はこの一環として、先進的な技術を活用し社会課題を解決する「Be Smart KOBE」プロジェクトを 2019 年より推進しています。構想の実現を目指して取り組みを進める「神戸市」、「六甲山観光株式会社」、「株式会社神戸デジタル・ラボ」にプロジェクトの経緯や効果、これからの展望についてお話を伺いました。
神戸市 企画調整局 つなぐ担当部長 藤岡健 氏
神戸市 経済観光局 経済政策課 六甲山活用担当課長 益谷佳幸 氏
六甲山観光株式会社 取締役 観光事業部長 兼 営業推進部長 上田準 氏
六甲山観光株式会社 営業推進部 課長補佐 日下雄一 氏
六甲山観光株式会社 営業推進部 上村好美 氏
株式会社神戸デジタル・ラボ デジタルビジネス本部 金谷拓哉 氏
六甲山上で企業の共創を推進
「六甲山上スマートシティ構想」は、六甲山上の事業環境を整備し、快適で創造性を刺激する魅⼒的なビジネス空間を実現していくことを目指して、神戸市が 2020 年 5 月に策定しました。神戸市は、六甲山上スマートシティ構想、および「Be Smart KOBE」プロジェクトをどのような思いで推進しているのでしょうか。神戸市 企画調整局 つなぐ担当部長の藤岡健氏と、神戸市 経済観光局 経済政策課 六甲山活用担当課長の益谷佳幸氏に聞きました。
──六甲山上スマートシティ構想の概要についてお聞かせください
益谷氏: 六甲山は、大都市の新幹線の駅からもっとも近いという特長を持った国立公園です。その立地の強みと豊かな自然を活かし、観光目的のお客さまのみならず、ビジネス利用における昼間人口の増加を策定したのが、六甲山上スマートシティ構想になります。自然調和型オフィス (没入空間)、最先端テクノロジの実装空間、創造を生む共創空間という 3 つの空間づくりを目指しており、4 か年計画で構想を進めています。
最終的には六甲山上に約 10 件のレンタルオフィスやサテライトオフィス、シェアオフィスを誘致していく予定です。それらのオフィスに会員として登録いただき、令和 5 年度には約 200 社に登録いただくことを目標としています。また山上のオフィスをコワーキングペースとしてさまざまな方にご利用いただき、1 か月あたりの延べ利用者数 1,800 名を目指します。
神戸市 経済観光局 経済政策課
六甲山活用担当課長
益谷佳幸氏
──具体的に、どのような取り組みを進められていますか
益谷氏: 令和 3 年度の取り組みは大きく 5 点あります。1 つ目は山上の施設利活用に関するワンストップサービスです。令和 2 年 9 月にスタートさせた「六甲山 森のオフィス」に物件情報を集約しまして、総合相談窓口として物件の紹介や斡旋を行います。
2 つ目は、通信環境の改善とオフィス等の設置支援です。令和 2 年 12 月に、神戸市が通信事業者に補助を行い、これまで ADSL のサービスしかなかった六甲山上に、ようやく市街地と同等の光回線によるブロードバンドサービスが開始されました。山上はモバイル回線がつながりにくいことを鑑み、山上の観光施設や休憩スポット等へのフリー Wi-Fi の導入も進めています。
また、新たに進出する企業に対する助成金制度も用意しています。これは兵庫県と連携して取り組みを進めているもので、既存の遊休施設等を活用し、クリエイティブな業種のサテライトオフィスやレンタルオフィス、カフェや宿泊施設などの賑わい施設に建替・改修する場合は、最大 3,000 万円が補助される仕組みです。オフィスへの補助については令和 2 年度に創設し、現在 2 件の整備が進んでいます。令和 3 年度も引き続き募集を行います。
3 つ目は、ビジネス交流拠点「共創ラボ」”ROKKONOMAD (ロコノマド)“を活用したコミュニティの形成です。これは株式会社いきいきライフ阪急阪神、有限会社 Lusie (ルーシー) の 2 社による共同事業体が設置・運営しています。この共創ラボに宿泊して実際に活動をしていただき、山上ワークの良さを知っていただきたいと思います。そのための体験滞在プログラムや若手クリエイター等を対象にした滞在費用の支援制度も令和 3 年度より実施予定です。
六甲山上のビジネス交流拠点 共創ラボ「ROKKONOMAD」(ロコノマド) (令和 3 年 3 月 26 日オープン)
4 つ目は、「Be Smart KOBE」による先端技術の導入促進です。令和 2 年度までに、六甲山上で 4 件のプロジェクトの実証実験等を支援してきました。六甲山観光と神戸デジタル・ラボの取り組みもこのうちの 1 つです。六甲山上でのさまざまな課題解決に繋がり、そしてコラボレーションが巻き起こるような案件を令和 3 年度も引き続き募集し、積極的に支援していきたいと思います。
5 つ目は、水道局での取り組みです。これまで六甲山上は市街地とは別系統の水道を用いており、季節によって利用状況にバラつきがあることなどから、市街地よりも料金が割高になっていました。これを令和 3 年度に統合しまして、4 月から料金の引き下げを実施します。
──「Be Smart KOBE」に期待されている点をお聞かせください
益谷氏: 六甲山で先端技術の実証・実装の取り組みを支援することで、六甲山上の課題解決につながり、ひいては魅⼒的なビジネス環境が作られていくという好循環が作れればと思います。
令和 2 年 8 月には、ドローンを用いて生活物資を運搬する実証実験を行いました。山上はどうしても交通網や生活環境に制限があります。山上の利便性が増すような取り組みは地元の方々の理解と共感をいただけると思いますし、地元の方のバックアップを得ることで早期の導入に繋がるのではないかと思います。
──神戸市では先端技術の活用についてどのようなビジョンを持っていますか
藤岡氏: 小さな町から大都市まで、いま多くの自治体がスマートシティに着手しています。エリアごとの地域課題を深彫りしてそれを解決していくこと、そして地域資産をどう展開していくかが大事だと思っています。
ウィズコロナ社会においては、多くの課題が出てきました。リモートワークなど新しい働き方が加速するなかで人々が求めるのは密な環境を避けること、自然あふれる豊かな環境でありたいという思いがあったと思います。これらの課題にスピード感を持って対応していくことが非常に大事です。
このような実証実験は、企業の技術をどう試すかという観点になりがちです。ですが、地域の課題解決という観点にシフトしないと住民の理解を得られないし、可能性も広がりません。そこで我々の「Be Smart KOBE」では “海” と “山” というテーマを設けました。
神戸は海と山に囲まれた街で、とくに山側には豊かな自然が広がっており、”密ではない” という魅力的な空間が存在します。ここでワーケーションなどの取り組みを行うことで、地域の課題解決という観点に落とし込みたいと思います。
スマートシティ構想は課題中心主義であり、その主体は市民です。スマートシティの実現に向けては、産官学民で連携してやっていかなければなりません。そのためには市民にとってわかりやすく、利便性の高い取り組みが求められます。六甲山は神戸市にとって非常に貴重な資産です。ここに先進技術を導入することで、市民の皆様の利便性にアタッチメントする取り組みを進めていきたいと思います。
神戸市 企画調整局 つなぐ担当部長
藤岡健氏
観光客の利便性向上と従業員の負担軽減を目指す六甲山観光
「六甲山上スマートシティ構想」において、「Be Smart KOBE」選定企業として実際に取り組みを進めているのが六甲山観光です。同社は令和 3 年 2 月、神戸デジタル・ラボとともに、AI チャットボットを利用して観光の利便性を向上する実証事業「六甲山おでかけ LINE」を行いました。その目的と効果について、六甲山観光 取締役 観光事業部長 兼 営業推進部長の上田準氏、同社 営業推進部 課長補佐の日下雄一氏、同社 営業推進部の上村好美氏にお聞きします。
──「六甲山おでかけ LINE」を始められたきっかけは?
上田氏: 神戸市 企画調整局 つなぐラボから、神戸デジタル・ラボさんをご紹介いただいたことが直接のきっかけです。取り組みについて意見を交わす中で、ケーブルカー「六甲ケーブル」に焦点が当たりました。
六甲ケーブルでは六甲山上の施設やイベントとセットになったさまざまなチケットを販売しています。お客様がチケットを選択することは難しいため、窓口スタッフが来訪目的を伺うことで最適なチケットを販売する形を取っています。細やかな対応を行っているがゆえに、繁忙期には列が長蛇になることもありました。
ですが、登る前から待たなくてはいけないのはお客様にとって大きなストレスです。また働き方改革を見据えた現場の負担軽減や、昨今のコロナ禍で対面業務を減らしたいといった考えもありました。お客様が LINE アプリ上で情報を得られる「六甲山おでかけ LINE」は、この課題を解決する一助となるのではないかと考えたのです。
六甲山上スマートシティ構想によって山上のインフラ整備も進んでおり、お客様に喜んでいただけるようなコンテンツやツールを充実させていく必要があると考えています。六甲山には、何をするか決めずに来訪する方もいらっしゃいます。そういった方に向けて、LINE という 1 つのアプリで施設の紹介なども同時に行えることもメリットと感じました。
──1 か月の実証実験によって得られた効果や課題についてお聞かせください
上村氏: そもそも AI でなにができるのか、まったく知識がない状態からのスタートでした。AI チャットボットには、六甲山にまつわる質問へのご回答を用意していますが、実証実験中にはお客様から想定外の質問をいただくことも多く、神戸デジタル・ラボさんにご協力いただきながら手探りで AI チャットボットを成長させていきました。実証実験ではこういった蓄積もできましたので、本格運用時にはより回答を充実させたいと思います。
観光客は自身の LINE の画面からチャットボットへの質問やクーポンの受け取りが可能
関連施設でのチェックインの様子
日下氏: 緊急事態宣言下の実証実験になってしまったため、どれだけの方にご利用いただけるか不安もあったのですが、結果的には 1 か月で 894 名に LINE の友達登録をいただけました。この点は大きな成果だと思います。
一方で、六甲山に登ってくる方への周知が難しかったという感想も抱いています。そのため、取得した周遊データや属性情報には偏りが生じてしまいました。対象施設 3 施設に LINE の QR コードを設置し、友達登録をした方に割引やノベルティを受け取ることができるクーポンを用意したのですが、そのうちの 1 施設の割引が魅力的すぎて、登録が集中してしまったのです。
裏を返せば、しっかりしたインセンティブを用意すれば登録いただけるわけですので、4 月以降の本格運用に向けては周知が大きな課題になると思います。我々は阪神電気鉄道のグループ会社ですので、鉄道会社の広告媒体を活用させてもらうなどしてより幅広い層にアピールできればと考えています。また広告のデジタル化をより推し進めるとともに、Web や SNS での告知も継続してやっていく必要があるでしょう。
──今後の展望についてお聞かせください
上田氏: ケーブルカーだけではなく、当社の各観光施設や、六甲山上の他社施設のチケットも購入できるようにしたいと考えています。お客様の利便性も向上しますし、観光もよりスムーズになると思います。将来的には、チケットの購入と支払いを連携できるともっと便利になりそうですね。
当社は「六甲山を世界有数の観光地に」というビジョンを持っています。現在、新型コロナウイルス感染症の影響により海外の方がお越しいただけない状況ですが、ゆくゆくはインバウンドに対しても AI を活用した Q&A を増やしていきたいと思います。そうすればより多くの方に六甲山を楽しんでいただけるのではないでしょうか。
左から六甲山観光株式会社の日下雄一氏 (営業推進部 課長補佐)、上田準氏 (取締役 観光事業部長 兼 営業推進部長)、上村 好美氏 (営業推進部)
Microsoft Azure を使って AI チャットボットを開発した神戸デジタル・ラボ
「六甲山おでかけ LINE」を開発した神戸デジタル・ラボは、1995 年の阪神淡路大震災をきっかけとしてデータ、デジタルの重要性に着目し立ち上がった IT 企業です。社内にはデータ分析を専門とするデータインテリジェンスチームがあり、京都大学と共同研究で特許出願したデータ活用技術を持つなど、データの活用と分析に力を入れています。同社はどのような技術を持って、今回のプロジェクトに参画したのでしょうか。神戸デジタル・ラボ デジタルビジネス本部 金谷拓哉氏にお聞きしました。
──「六甲山上スマートシティ構想」における、六甲山観光さまとのご関係についてお聞かせください
金谷氏: 当社は、実証事業「六甲山おでかけ LINE」においてシステム開発や運用、観光客の行動を分析するためのデータ取得などを担当しました。六甲山観光さまとは、ただ「作ってください」「作りました」という関係ではなく、将来的な活用も見据えて計画段階から参加しております。
今回我々が開発した「六甲山おでかけ LINE」は、LINE アプリ上から対話形式で必要な情報を得られるシステムです。会話は AI チャットボットと呼ばれるプログラムが担当し、蓄積されたデータに応じて、お客様からの問い合わせに 24 時間 365 日、自動で返答します。
これによって、お客様が求めている情報や適したチケットを診断し、六甲山観光さまは窓口での対面業務を減らすことができます。また、六甲ケーブルの駅員さんはお客様対応に使っていた時間を別の業務に充てることが可能となります。さらに LINE アプリを使うことによって、お客様が六甲山上のどのような施設を訪問したかというデータの取得も行えます。
六甲山観光さまに限らず、レジャー業界では「今年始めてきた方なのか、リピーターなのか」といった計測が難しく、お客様に応じた対応が実現できていないという課題があります。このような課題の解決や、「こういうデータが取れれば新しい観光施策が考えられる」といったディスカッションをさせていただき、一緒に実証事業を進めています。
株式会社神戸デジタル・ラボ デジタルビジネス本部
金谷拓哉氏
──「六甲山おでかけ LINE」で利用しているクラウドサービスと、その選定理由は?
金谷氏: 今回の「六甲山おでかけ LINE」では、日本マイクロソフトさまの「Microsoft Azure」というクラウドサービスを使っています。当社は「Microsoft Azure」で多くのサービス開発を行っており、AI チャットボットで利用される自然言語処理技術に関しても3~4 年前から取り組んでおります。また自然言語処理サービスである「QnA Maker」や「Language Understanding (LUIS)」などの開発実績もあります。
「Microsoft Azure」を選定した理由は、当社の中で知見がありスピード感を持って開発に当たることができるという点、そして今回の「六甲山おでかけ LINE」において、「QnA Maker」を使おうと考えたという点です。
「Be Smart KOBE」プロジェクトでは、限られた時間の中で開発と実証実験を行い、その効果測定まで行わなければいけません。手軽に、速く、簡単に AI チャットボットのサービスを提供できるというのは「Microsoft Azure」の強みの 1 つだと思います。
例えば「QnA Maker」は、エンジニアでない方でも「こういう質問が来たら」「こう返す」といったシナリオを作りやすいのが特徴です。具体的には、Web 画面から直接入力したり、Excel のシートに回答をまとめてインポートしたりといった手順で簡単に作成できます。
「Microsoft Azure」の中には AI 関連のツールが他にもたくさんあります。例えば、AI がアンケートフォームの回答内容を分析しポジティブかネガティブかに分けるという、テキストアナリティクスがあります。これらをシステムに入れ込むことでお客様の不満に優先順位をつけたりできるのです。
LINE を通じたチャットボットや観光客のデータの蓄積などはマイクロソフト社の Microsoft Azure のサービスを利用し、開発
──LINE アプリ上で AI チャットボットを利用しようと考えたのはなぜですか?
金谷氏: LINE にした背景としては、LINE が現在 8,600 万人以上のアクティブユーザーがいて、多くの地方自治体や企業で既に活用が進んでいることもあり、市民のみなさまにとって使い勝手の良い提供手段だと考えました。
またデータ取得という点において、LINE のユーザー ID が取得できるという優位点があります。もちろんデータは本人の同意をいただいたものしか取得されません。個人の識別子や、性別、年齢、居住情報、六甲山上で QR コードを読み込んでもらうことで得られる周遊データなどを取得することができます。
──実証実験の効果と、得られたデータを用いた今後の展望をお聞かせください
金谷氏: 緊急事態宣言の時期と被ってしまったことで混雑自体が起こらず、窓口での混雑の緩和や対面、接触機会の削減までは残念ながら実現できませんでした。しかし、期間内においでくださった観光客や市民のみなさまに、使い勝手の良いユーザーインターフェースを提供できたことは 1 つの成果だと思います。
また、実施期間中に LINE で 894 名に友達登録をしていただきました。コロナ禍で客足が鈍っている中で、かなり登録いただけたなと思います。登録した方にむけて六甲山との相性診断機能を入れたのですが、ここからも 750 名程度の属性データを得ることができましたので、今後の情報発信や需要予測のために活用していきたいと思います。