【インタビュー】アクティブラーニングで10年分の経験を1年で習得させる!(敬愛大学 彌島康朗氏)
※ この記事は 2017年08月30日に DX LEADERS に掲載されたものです。
2012年ごろから、アクティブラーニングという言葉が教育界でよく聞かれるようになった。正解がある問題を解いたり、暗記して点数を稼いでいたりという勉強とは違い、主体的に、時には他者と協力しながら学ぶ方法が注目されている。
アクティブラーニングのプロセスは、仕事のプロセスと非常に似ている。仕事には、フローが整っていて正解がある定型的な業務もあるが、そうであったとしても、何か問題が起こったときには、自ら資料や過去の事例などを調べて、周囲を巻き込みながら解決に動かなければならない。このように、仕事という場は、想定外の出来事のほうが多いのではないだろうか。想定外の出来事にどう対応していったか、日々の仕事でも様々な学びがあるはずだが、仕事で学んだことを可視化している企業は多くはないのではないか。既存の制度であったとしても、日報・月報などのテキストベースでの報告や、年に数回の人事評価くらいしか該当するものがないのかもしれない。
そこで、アクティブラーニング型の研修や大学の講義の実績を多数持つ、株式会社アントルビーンズ 取締役であり、敬愛大学 経済学部 特任教授の彌島 康朗(やじま やすろう)氏に話を伺った。彌島氏は、アクティブラーニングでの学びの評価分析・可視化を行うことで成長を促すとともに、変化の測定に着目し、受講生の分析を行っている。
リフレクションシートで得たコメントを可視化し、提供側・受講側の振り返りに活用
同社では、アクティブラーニングでの学びを可視化するため、テキストマイニングの手法を活用している。受講生から回収するリフレクションシート内に書かれているテキストを分析し、記述内容のチャート化を行っている。
「テキストマイニングを行ったのは、敬愛大学で授業を受け持った部分について、提供する側として次年度少しでもいい品質にしていきたいと思ったことがきっかけです。」(彌島氏)
ここでいう品質とは、講座としてのいい品質か、学生にとって定着しているかの2つの視点がある。
講座としてものすごく上等であったとしても、学生に響かない講座は良いサービスとは言えないのではないか、というところに着目し、相手がどう受け止めているのかの手掛かりを得るためにテキストマイニングを行ったという。
この分析結果をもとに、講座の軌道修正を行っているそうだ。
企業においても、育成が得意な人と、苦手な人がいる。
「ある上司はよく部下のことを見ている。タイミングよく声をかけたり、フィードバックをしたり、承認をしていらっしゃる。もう一人の上司は、結果だけを見て、『気合が足りん』としかフィードバックしない。」(彌島氏)
どちらの上司についている部下のほうが成長するか。前者であることは自明である。しかし、管理職になりたての上司に対しては、あなたたちが部下を育てなさい、と会社から言われるだけで、具体的な育て方を教えてもらえるわけではない。上司こそ手探りで、部下の情報を拾う・判断する・フィードバックすることをすべて自己流でやっていることが多いように見えるという。
「実は大学の教室も育成は各教授や講師の自己流でやっているため、かなり四苦八苦しているのです。そこでの手助けとして、リフレクションシートを用いています。」(彌島氏)
この結果は、受講生たちにもフィードバックされる。ただ、テキストマイニングで可視化したものを単純に点数化することは難しい。そのため、過去と現在でどういった変化の幅があるかを測ることにしているそうだ。
成功した時こそ、振り返りとフィードバックが重要
いわゆるドリル型の正解がある勉強では、よほどさぼらない限り、著しく成績が落ちてしまうことはないだろう。しかし、アクティブラーニングや仕事のように正解がないものだと、一定したパフォーマンスが望めない場合もあるのではないだろうか。
「失敗すると反省しなさい、とよく言われますが、成功したら褒められるだけで、あまり振り返らないですよね。成功した時も分析しないといけない。なぜ成功したのか。言動レベル、作業レベルで分解していく。そうすると自分のコンディションが悪いときも、ある程度の品質は確保できると思います。」(彌島氏)
リフレクションシートには受講生自身の意識強化という位置づけもある。この意識強化がないと、コンディションがいいときと悪いときに成果のばらつきが出てきてしまう。
仕事を長いこと経験をすると、ある日「こういう時に成功するのか」と気付くこともあるが、それには時間が掛かりすぎてしまう。気付くための時間をできるだけ縮めるためにも、一回一回の体験の振り返りを意識的に行う取り組みが必要なのだそうだ。
ただ、「成功も振り返る」というのは知識としては知っているはずだ。忙しい中であっても、ちょっとした部下への声掛けで成功の振り返りも可能であるのでやっておくとよい。
「例えば、部下がいい成果が収めました。その時、『よくやった』だけではなく、『どうやってうまくいったの?』『お客様はどういう顔していた?』『前準備大変だったでしょ。なにしたの』こんな聞き方をして、一つ一つの作業を可視化する手助けをするのが良いかと思います。」(彌島氏)
相手の成果を承認しつつ、作業レベルに細分化して、プロセスを具体的に意識させる。成果を収めた部下も話すことで、自分自身の体験が整理され、成功時の追体験もできるという。
こういった声かけやフィードバックのある組織づくりも大事だといえそうだ。
指導する側の負担や功績も評価されやすい体制を作る必要がある。部下を育てることが、自分のライバルを作ることではなく、チームを強化し、自分に返ってくる仕組みを作るのも大事なポイントだ。
自己評価の視点を変えないために、「やったこと」に着目させる
自己評価の可視化についても興味深い話を伺った。
「大学の授業は同じ母集団に対して授業の回数分15回追跡調査ができます。そこで生徒に自己評価をさせると興味深い結果が出ます。
最初のうちは、どんどん学んでいくため、順当に自己評価があがっていくのですが、7週目、折り返し地点くらいになるとストンと自己評価が下がるケースがよく見られます。」(彌島氏)
こうなる理由として考えられることは、最初の頃は視野が狭く、目の前にあるものができているかどうかが自己評価の判断基準になっているが、経験を積み周りが見えてくると、更なる成長への課題も見えてくる。そのため、評価基準のハードルが上がり、一時的に自己評価がいったん下がるようなのだ。
人事評価の中でもこうなる可能性がある。所属するチームのレベルが高いと、他のメンバーと比べてしまうことで相対的に自己評価が低くなりがちになる。
「もしかすると、意識が高い社員を過小評価している可能性があるのかもしれません。そこを踏ん張ってはい上がってくるべきなのでしょうが、反発したり、沈んだりしてしまう人材を見過ごすとしたら組織にとってもったいない。」(彌島氏)
特に経験が少ない人が心配だ。
講座の中では、その人自身が何をできたのか、言動レベル・プロセスを言語化して測らせることで客観的に捉えさせるといった取り組みを行っているそうだ。
何をしたか、どこまでやったかという事実に着目することで評価もしやすくなる。
このような標準化に関してもテキストマイニングと相性が良いそうだ。
暗黙知を可視化するためにテキストマイニングの手法を応用していく
たとえば、プロジェクトの振り返りの手法で用いるKPT法(Keep:続けること、Problem:問題点、Try:次にすること を分類してチームで話し合う手法)。このKPTを回していく際に、出た意見をすべてテキスト化し、プロジェクトの特性(人数、メンバー構成、期間、新規か定常プロジェクトか等)も併せて集計をする。このようなデータを複数プロジェクト分揃え、チャート化してみるのもよいだろう。チャート化する際は、ITのプロジェクトであれば品質・コミュニケーション・スピード感・生産性など、予め指標を決めておき、KPTの結果をもとに点数づけをしておく。
そうすると、類似のプロジェクトが走ったときに、「このメンバー構成でやると品質面が強くなる傾向がある」、「このフェーズにおいてはここに気を付ける必要がある」などの暗黙知になる部分が可視化され、手探りで進む時間が短くなる可能性がある。
「成田空港で、グランドハンドリングという空港での地上業務をやっていらっしゃる方の話です。
乗り継ぎ便で乗ってきた飛行機の荷物を降ろして、次の飛行機に入れ替えなければいけないという時に、乗ってきたほうの飛行機の便が遅れると、荷物を入れ替える作業時間が短くなる。
その時、飛行機会社の方から『遅れそうなので、あれ準備しておいて』とグランドスタッフに連絡が。グランドスタッフは『わかりました。○○ですね』という阿吽の呼吸ともいえるやり取りがあるのだそうです。なぜ『あれ』でわかったのか?と聞くと、『10年くらいやっていると、毎日の朝から晩までの飛行機の全便頭の中に入っている。時計を見ながら電光ボード見ていると、遅れそうだなというのがわかるので、遅れるという電話が入ると、すぐに予想がつく。なので、あれと言われただけで何のことかが分かります』と。つまり、作業工程、知識が全部頭の中に入っているわけですね。」(彌島氏)
ただし、断片的な試行錯誤を重ね、体験上学んでいくのに10年かかる。プロセスを細分化して切り出し、体系的に習得させるとか、それこそAIを応用して、端末をたたけば出てくるようにすれば、10年かかっていたものが1年で習得できる可能性もあるという。
かつて日本の企業は、新卒一括採用で、3年かけてじっくりと自分の会社色に染めるような社員を育てるとも言われていた。しかし、今はビジネスのスピード感が増しているので、3年かけて1人前に育てるやり方が通用しなくなってくる。そうすると、会社が今まで行っていたような教育を大学が担うことにもなってくるのではないかと彌島氏は語る。
また、企業としても、前年通り先輩について何となく真似をしながら3年かけて学んでくださいと言うのではなく、業務特性に合った効率化を図る方法を目指していく必要があるといえる。
標準化できない部分は、やったことに対するフィードバックを重視
ただ、仕事には標準化できない部分も多々ある。ここは大学においても取り組みを行っているそうだ。
「教育の中でPBL(Problem または Project Based Learning)というのが最近広がってきています。意識の高い層を対象とするときには、取り組むテーマと自由に動けるセーフティネットの環境だけを与えます。『この中で大胆に何でもしていい』いう環境を作ると、予想外のことが起こります。指導する側も戦々恐々なんですけれども。お互い結構触発しあって、一気にバンと大化けすることもあります。」(彌島氏)
受講生も正解を探ろうと質問してくるそうなので、その時には、「条件はこれだけです。問題設定からすべて、自由にやってください」とだけ伝える。
同じテーマを三回以上回すプログラムを基本としているようだが、一回目は不満げな空気が充満していることが多いそうだ。
1セッション終わって、プレゼンで他チームの体験を共有すると「その手があったか」という気づきが随所に起こる。これを講師は拾い上げ「ここの観点・視点によく気付いた」「ここはこういう風に切り込んだんでしょうね」と承認しフィードバックを出していくと、受講生は納得しエンジンがかかるという。その後は、大胆なチャレンジも増え、教室の熱量が増していくのだという。
仕事の中にも、大まかに分けて標準化できる部分と、創造性を必要とする部分があるだろう。それぞれに関して育成方法やアプローチも異なるということを念頭に置く必要がある。
いずれにせよ、部下に対する声かけ・フィードバックは非常に重要だといえる。
「昔は、黙って背中を見てついてこい!で通じた。部下との無駄話に付き合う時間も、飲みに行く時間もあったと思います。今は、やることが多くて無駄話に付き合う時間もない。仕事終わりの時間の使い方も多様化してきて、自己啓発をしたい、家族サービスをしたい、ジムに行って体を鍛えたい…など色々な方がいるので、飲みニケーションの時間も減ってきている。」(彌島氏)
だからこそ、上司は部下のことを観察し、変化を察して日々フィードバックする必要があるのではないだろうか。そういった取り組みがお互いの関係性向上にもつながっていく。
そして、部下の気づきやチームの気づき=暗黙知を可視化する取り組みができてくれば、育成のスピードも格段に上がってくるのではないだろうか。
取材・文:池田 優里